第55話 誕生
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週刊「帰還限界点 連載小説」
☆============================= 第55号 (2009/02/25)=====
『生誕、死、そして消滅』(第九話 -2- 誕生)
『神詞、欲しいモノがあるんだけど……』
その女は、その時、表情の無い冷たい声の中に、少しだけ甘
さを含ませていた。それが、彼に違和感を覚えさせ、女に対し
て問い掛けをさせることとなった。
『何だ? 欲しいものって?』
女は、答える。
『あなたの精子』
身も蓋も無い女の言動に呆れつつ、彼は女の要求の意図を察
する。
『今度の研究は何だ?』
二度目の彼の問いは、彼が察した彼女の要求の意図の答え合
わせでもあった。そして、それは正解だった。女のたてたシナ
リオの上では。
女の真意は別の所に在った。
真意を知らぬまま、彼は女に自分の精子を提供した。
その直後。
女は、彼の前から姿を消した。
そして、彼女……藤守ミサヲは今。
その胎内に受精卵を宿し、革命の序曲の鳴りだすのを待って
いる。
彼女の胎内の受精卵とは、彼女自身の卵子と、嘗ての同僚に
して恋人、東城神詞の精子を人工受精させたものにオリジナル
Sを融合させたものである。
ここには……既にDWゲーム内の藤守まりあの胎内からA‐
Osと融合した受精卵がダウンロードされており、あとはサタ
ンの一刻も早い誕生を待つのみであった。
ゲーム内受精卵のダウンロードから、どれだけ時間が過ぎた
だろう。まだ一時間かそこらのはずだが、その一時間は幾千年
のように長かった。
ドクン。
無言であった受精卵が、突然脈を打ち始めた。
彼女はそっと眼を閉じ、子宮に感じる拍動を包み込むように、
大きく息を吸った。
灰色の天井を仰ぐと、椅子のローラーがギシ、と音をたてた。
「……ついに…………」
「サタンが生まれる、のかい?」
彼女たった一人の研究室に、男の声が響く。
「……久しぶりだね、藤守ミサヲ」
「……PPT社の頃以来ね。真枝神曲」
「研究にしか興味の無かった堅物の君が、まさか子供を産むこ
とになるとはね」
皮肉じみた真枝の言葉を受け流し、彼女は真枝に語りかけて
いるとも、独白ともつかないつぶやきを洩らした。
「もうすぐよ。あと十五分もすれば、この世にサタンが生まれ
る。ミカエルの統治は、終焉を迎えるわ」
彼女はまもなく生まれる子を宿しているとは思えぬ腹に手を
添え、軽く撫でた。
「果たして、そううまくいくのかな?」
「……新堂真のこと?」
彼女の眼は、虚空を見つめ、この世の何をも映していなかっ
た。その眼に映るは、彼女がこれから創りださんとする彼女に
よって統治される理想郷としての悪魔の帝国。
「! ……それは……」
彼女の纏う濃紺のワンピースの裾から、何か、小さなものが、
びちゃっ……と落ちた。
真枝の眼に、それはまだ誕生に適さぬ、まだ人の形すら形成
していない胎児のように見えた。
そして、それは正解であった。
濃紺のワンピースの裾、正確には藤守の股の間から生まれ落
ちたそれは、驚くべき早さで、人間の胎児の形をつくり、やが
て十月十日を母胎で過ごした胎児と同じような姿へと変貌した。
しかし、その腹部より繋がった臍帯や胎盤は、赤い鮮血の匂い
ではなく、壊死し、腐乱した赤黒いものと化し、悪臭を放って
いた。胎児の纏う血液と羊水もまた、同様に黒色で、アルビノ
のように白い胎児の膚を、墨汁でもかぶったように黒く染めて
いた。
「……これが、サタン」
キリスト教によって伝えられるところの、悪魔の特徴のひと
つ、悪臭というのがこの匂いなのだろう、と真枝は思った。
腐乱した臍帯は、さらに成長を続けるサタン自身の手によっ
て簡単に引き千切られた。
急速に時間を消費して、どんどん成長していくサタンの変化
が、次第に速度を落とし始めた。
サタンとしての、あるべき姿へと、近付きつつあるのだ。
サタンはまだ、眼を開いていない。おそらく、彼があるべき
姿へと到達した時、その眼は開かれる……。
手足が伸びきった頃、彼はその身に唯一纏っていた腐った血
液と羊水の膜を魔王の装束へと変化させ、また、臍帯と胎盤を
背中の猛禽のような黒い翼に変え、そして成長を完全に停止し
た。
顔を覆っていた黒い髪が、風によってでも、誰かの手によっ
てでもなく、自然に払われた。自ら白く発光し始めそうな程の
白晢の膚には、一点の曇りもない。
目蓋が小さく痙攣した。
それを見て、真枝は息を呑んだ。
藤守は椅子より立ち上がり、サタンを見つめ、そして高らか
に、革命のファンファーレのように、彼女は叫んだ。
「さあ! 目覚めなさい!
新しい帝国の王よ。御前が最初にすべき使命を果たすのよ!」
その声に反応したかのように。
ゆっくりと。
今、サタンが覚醒する……
(つづく)
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女の真意は別の所に在った。
真意を知らぬまま、彼は女に自分の精子を提供した。
その直後。
女は、彼の前から姿を消した。
そして、彼女……藤守ミサヲは今。
その胎内に受精卵を宿し、革命の序曲の鳴りだすのを待って
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大きく息を吸った。
灰色の天井を仰ぐと、椅子のローラーがギシ、と音をたてた。
「……ついに…………」
「サタンが生まれる、のかい?」
彼女たった一人の研究室に、男の声が響く。
「……久しぶりだね、藤守ミサヲ」
「……PPT社の頃以来ね。真枝神曲」
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とになるとはね」
皮肉じみた真枝の言葉を受け流し、彼女は真枝に語りかけて
いるとも、独白ともつかないつぶやきを洩らした。
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していない胎児のように見えた。
そして、それは正解であった。
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て十月十日を母胎で過ごした胎児と同じような姿へと変貌した。
しかし、その腹部より繋がった臍帯や胎盤は、赤い鮮血の匂い
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のように白い胎児の膚を、墨汁でもかぶったように黒く染めて
いた。
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今、サタンが覚醒する……
(つづく)
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