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第37号 『メシアとサタン』(第七話 -1- 聖母)

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    週刊「帰還限界点 連載小説」

☆============================= 第37号 (2009/01/11)=====


『メシアとサタン』(第七話 -1- 聖母)


乙夏の閉じ込められている倉庫の扉が開き、薄暗い室内に朝
の光が差し込んだ。
その黄金色の光を背に負い、逆光で真っ黒な人影が二つ、扉
を通って乙夏の傍へと歩いてきた。一方は七月、もう一方は咲
夜……ではなく〈藤森まりあ〉だった。
朝日の陰になった処に入り、やっと乙夏に確認できた七月は、
哀しそうに眉を寄せ、唇をかたく結んでいた。よく見ると、眼
は充血し、顔にも赤みがさしている。察するに、どうやら泣い
ていたようである。乙夏はこの幼なじみが泣いている姿という
のがまったく記憶に無い。

「……なつき……」

「……あ、うん……
お待たせ、乙夏。ちゃんと助けに来たわよ」

七月はまりあに目配せし、まりあは渋々頷いて乙夏の身体を
拘束している縄をほどきに掛かった。七月には触れることすら
出来なかったそれを、彼女は簡単にほどいてゆく。
一夜明けてやっとのことで芋虫状態から解放された乙夏は、
ギシギシ痛む身体中の関節をゆっくりと曲げ、時々いてて、な
どと云いながらやっと地面に直立した。
一度、七月の顔を見る。まだいつもの気丈さを取り戻さない
彼女に、ありがとう、と一言言葉を掛けた。七月は返事を声に
出さず、頷くだけだ。
それから、余裕の笑みを浮かべるまりあに眼を向ける。あま
りにもそっくりだ。咲夜に。一卵性双生児とかの比ではない。
姿形だけなら、全く違いは無い。そう、咲夜〈そのもの〉なの
だ。

「……藤守……とかいったな、あんた……」

「まりあ、でいいわよ」

嫣然と微笑む彼女は、その先に一言、言葉を紡ぐ。

「私は、この世界に遣わされた〈聖母〉」

実に堂々としていた。朝日の後光を背負い、自ら聖母を名乗
る。

「この娘の身体を借りて、ね」

「え……」

〈身体を借りて〉今確かにそう云った。では、藤守まりあとし
てこうして立っているその身体は、本当に八百威咲夜のものな
のか。

「私がこの世界に遣わされたのはつい、昨日のこと。まだ一日
も経過していないのよ。殺された恋人が一夜の間をおいて聖母
として復活……
素敵で素敵で吐き気のするストーリィでしょう?」

「じゃあ、……咲夜は?」

七月が訊ねた。彼女の眼には少しの希望の光が灯っていたが、
それに対するまりあの返答は冷酷だった。

「死んでるに決まってるじゃない。
この身体は、一度死んでいたのを私が貰ったの。
傷も全て治したわ。かつて別な女の身体だったとしても、私
は私。乙夏君、貴方の恋人はもうどこにも居ないのよ」

咲夜の顔で、咲夜の声で、そう云うことを云うのだ。乙夏と
七月は打ちのめされた。

「……それじゃあ、貴方の縄もほどいたし、私は用済みね。
また逢いましょう。
……もっとも、この世界がその時にまだ存在していたらの話
だけれど」

意味深な言葉を残し、まりあは倉庫を去って行った。
乙夏には、それはこの世界の存在が危うい、と云っているよ
うに聞こえた。
茫然としてその背中を見送る彼の脳裏に、いつかの咲夜の声
が響いた。

『あたしは物事に執着しないの。
だって、失った時に悲しいもの……』

そして、思った。そんな咲夜は例えばこの世界を失う時、悲
しまないのだろうか、と。



(つづく)

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