【作業療法塾】塾長の日常や医療に対する想い、文献の紹介をします。

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塾長の独り言トップ  > 2010年07月

2010年07月25日

第243回 恥ずかしいと思えるか

恥ずかしいと思えるか

■今日のフィードバック

アナタの羞恥心はどの方向を向いているんですか?

そう、思わずたずねてしまいました。

というのも、この夏の時期です。

昼食保管用に調理教室用の冷蔵庫を学生さんに貸していたんですね。

調理教室も新規メンバーの調整中でもありましたし。

で、最近、霜取りをしていないことに気付き、開けてみてあらビックリ。

出てくるわ出てくるわ、ゴミの山。

空き缶三本、空きペットボトル4本、コンビニ飯の食べ終わった包み紙などが袋に詰めて4~5袋。

おい! 今、朝だよねぇ?

ひとの家のもの(病院・施設の備品)を借してもらってるんだよね?

いったい、何を考えてるんだ?


非常に困惑しました。

さて、いったい何が原因なんでしょうねぇ……?


■重要なキーワード

今回のこの事件、今時の学生さんを非常によく表しているのかと思います。

馬脚をようやく現したか、ともいえますが。

先にも言いましたが、備品を借りているという感覚が乏しいのでしょうね。
(パーソナルスペースや個人領域の境界線の希薄さが、借りたものは俺のもの、どう使おうとも勝ってじゃん! になるのかねぇ?)

他には、中途半端な個人主義。
(中途半端に個人主義だから、遠慮して言わない。しかも評価したりされたりする耐性が低い。殴りあいの喧嘩になるくらいに意見をぶつけず、陰でコソコソ文句をたれる。嫌な空気になるのも嫌だから、意見を言わなくなる)

注意をされても自分のことと思っていない、または我がふりなおすことをしない。
(感受性の低さというか、自分は自分、他人は他人なんでしょうね)

自分自身はできていると思っているが故に、何故そんなことを言われているかわからない。
(自己評価が高い学生さんが多いですね。家庭では蝶よ花よと育てられたのでしょうか?)

声をかけても返事をしない。
(無視しているのか、本当に聞こえていないのか? それすら表情から読み取れないときがあります。何を考えているかわからない恐怖がありますね)

今していることが全てで、対応を求めてきたのが患者さんであっても後回し。
(自分自身の限界まで何かをしたことがないために、限界が近くなると自己中心的な行動をしてしまうのでしょうね。その限界や極限の状況であってもその時取るべき対応を正しく選択する事ができるかどうか、なんですけどねぇ)


うん、書いてて残念になってきた。


すぐ時間がない、と思ってしまうし、言ってしまう。
(そんなことは誰でも一緒。限られた時間の中で何かをするという感覚が薄いですね。学校の放課後と患者さんのいなくなったOT室を一緒にしている感覚が疑問。仕事とプライベートを分けれらないのかもしれませんね)

言われたことを言われた通りにおこなわず、自分流に解釈して失敗する。
(まず言われた通りにやってみる。そのやり方が例え遠回りであっても、意味があってそのやり方をしている。医療ならなおさら。独自の判断が医療法を犯すことだってありうる)

失敗して、注意を重ねて受ける事を恐れて質問しない。
(バイザーにも非がある部分だが、自己愛の強さの現われとも……いいのか? それで? 実習に来たのはなんの為なんだい?)

話をしても素直に受け止められない。
(患者さんの話をきいてもそうなのかしら? 自分の考えにあわないからと反発するっていうのは、自ら学ぶ機会をドブに捨てていることと同義ではないのか?)

業務の申し送りでわからない、知らないという言葉を使ってしまう。
(周囲をみていない、自分が関わっていないからそう思うのかもしれないが、これが他の部署の人間が訊いてきたことならどうだろう? 個人ではなく組織やグループ、集団単位で取り扱われるのはしばしば。自ら所属している集団がマイナス評価されることに対しての申し訳なさはないのだろうか? そもそもそういった言葉を使ってしまうことそのものが社会人として恥ずかしい事であるという事実に気付いているのだろうか?)

教えてもらっていません、と平気で言ってしまう。
(実習は、教えませんよ。見せて、やらせて、考えてもらう。その後に指導。その先で個人にあわせてその流れを変えるでしょうけどね。座学でやったことと現場で行っていることをすり合わせる場でもありますよね。やって見せているのに、それを見ていないとか、模倣できないことの拙さもそうですが、教えてもらうまで待っていればいいという感覚は改めるべきでしょう)


さて、僕も思い出すだけで少々疲れてしてしまいました。

こんなものを、冷蔵庫一つで、視覚的にあらわしているんですよね。


■ノウハウをちょっと

さて、いろいろ言いましたが、このまま進むと恥を恥とも思わない人が出来上がってしまうんでしょうね。

特に、専門職の勉強のみをしてきて、一般の会社、社会人経験がないまま、国家資格をもった専門家でござい、となってしまう現役学生さんが危険です。

最初に入職する病院、施設の先輩の器量にもよりますが、はじめにしっかり社会人マナーを叩き込まれない事は稀ではないでしょう。

あまりに情けない、低レベルな質問や意見を出して、俺の会議での役目は終わったと、その後の検討に一切入ってこないような人になってみたり。

また、仕事をすれば直接注意されるか、遠まわしに意見されたり、実際に先輩がやって見せてどうリアクションしてくるかを観察されることがほとんどなのに、自己の感受性の低さが災いして、反発したり、自分のことと思わなかったり、あの人がやってるから私はやらなくていいや、になってしまい、結局淘汰される対象になってしまうんでしょうね。

どうです?

これらのことをきいて、他人のことながら恥ずかしいと思えますか?

自分自身にあてはまる部分があるな、と思えますか?

陰で恥ずかしい奴と思われているのではないか? と襟を正したくなりませんか?



これはもう、実習地の問題でも、学校の問題でもないのでしょうね。

必要な時に必要な教育を受ける事ができなかったという、家庭環境や世代の問題なのかもしれません。

正直なところ、こういった学生や新人に何をどう教えれば伝わるのだろう?

そういったジレンマがここ数年で随分積み重なって、重荷になっているのもまた事実です。

学生を受け入れる時間があるなら、患者さんに時間をかけたいと思いたくなるのも無理のないことなのかもしれませんね。

でも、それでも……、僕らバイザーをしている者たちは、いろいろ伝えようとするんです。



だって、次代の作業療法をになうのは、アナタたちなんですから!



「作業療法塾塾長」齋藤 信


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2010年07月18日

第242回 囲碁の効用と作業療法

囲碁の効用と作業療法
■今日のフィードバック

アナタは囲碁をしたことがありますか?

おそらく、返事は大きく分かれることでしょう。

というのも、アナタがはじめにつまづくのは、ルールですよね。

それがわからないし、説明されてもピンとこない。

陣取りゲームという印象はあっても、じゃあ具体的にどうするの?

って感じなんでしょうね。

一時期、囲碁ブームがあり、その世代が今の20代前半の人達なのかな?

最近、ビジネス誌を読んでいて、『囲碁にハマる若手ビジネスパーソン』という記事をみつけました。

それを読んでいて、八つの効用が書かれてまして……。

僕自身ナルホドと思ったのと同時に、作業療法にも通じるところが随所にあるということを前々から思っていたことが、より鮮明になった気がしたものです。

なので、今回は、囲碁の効用と作業療法についてをすこうし、考えてみようかと思います。

では、いつも恒例になってますが、質問でシメますか。

アナタは、囲碁と作業療法の共通項は何処にあると思いますか?


■重要なキーワード

さて、では、今回の元ネタの出処を明らかにしておきましょう。

日経Associe 2010.07.20号 P012-013です。

興味のある方は是非、購入して読んでみて下さい。

それはさておき、一部抜粋させていただいて、そこを中心にお話しましょう。


囲碁の効用

一、『基本を理解し、練磨して工夫することの重要さを学ぶ』
二、『状況を判断して、自分の責任で決断し
実行した事の結果に責任を持つ習慣が身につく』
三、『見えているのにみえていないことがあると自覚できる』
四、『欲張ると破綻することを実感できる』
五、『正しい大局観と、正しい局所判断を両立できるようになる』
六、『先を読む力が養える』
七、『考える習慣が見につく』
八、『負ける経験を積める』



さて、ではこれがどう作業療法に通じているのでしょうか?

まぁ、今まで僕がこの場で話してきたことばかりでもあるんですけどね。

ですが、一つ一つこの八つから僕が読み取ったことを、最近の体験を交えてお話していきましょう。

一、『基本を理解し、練磨して工夫することの重要さを学ぶ』
これはどの業界でも同じ事がいえますよね。
先輩作業療法士や、テキスト等で書かれている基本的な事を積み重ねる。
まず、基本を学んで、そこからはじめて独自の考え方、やり方を生み出
すことができる、ということです。
個別性やら独自性を主張したがるのが作業療法士の傾向のようです。
まずはしっかり基本をおさえ、謙虚に学ぶ事が大切かと思います。

二、『状況を判断して、自分の責任で決断し
実行した事の結果に責任を持つ習慣が身につく』
囲碁って、石を一度置いて手を離したら動かす事が出来ないんですよね。
それと同じようにセラピストの動き、表情、言葉、それら全てを行動化
してしまったらもう消す事は出来ないんですよね。
精神科ならなおさら、一言の重みを、仕草一つの重みを感じてください。

三、『見えているのにみえていないことがあると自覚できる』
実際に対局をしていると、思いがけないところに落とし穴があることに
直面することがしばしばです。
先日も患者さんと対局して、僕の穴だらけ過ぎる手に愕然としたものです。
これって、理解したつもりでもそうではなかったり、イメージしている
事と現実とのギャップに悩まされるということに通じるのだろうな、
と思いました。
場や集団を見てのことでいえば、必ず死角はできますし、一人のヒトを
相手にするわけですから、立体的に関わるべきですからね。

四、『欲張ると破綻することを実感できる』
石を無理矢理取ろうとすれば、歪ができる。
何でもなんでもやろうとしても上手くはいかない。
欲張っているわけではないのでしょうが、専門職という肩書きが全てを
自身で行うべきと考えてしまうこともあります。
また逆に、相手に同じ事をすることを求めても無理があるのかもしれません。

五、『正しい大局観と、正しい局所判断を両立できるようになる』
全体をみながらも、細かいところにも配慮しなければならない。
全くその通りなんですよね。
拙いところは小さいうちに、でも大勢への影響も考える。
優先順位のつけ方や何を選択するのかというバランス感が必要になって
くる、ということでしょうね。

六、『先を読む力が養える』
自分自身の行動の結果、どんなことにつながるのか、ということを常に
気にする事が出来るようになる、ということでしょうね。
一手打ったことで、何がどう変化するのか、とかね。
あとイメージ力を養うことにもなるでしょう。

七、『考える習慣が見につく』
六の先を読む力にも関連してきますが、どうしても考え続けるという事
をせず、途中で諦めてしまうことがあります。でも、それだと中途半端
になって、十分根拠があるのか、その根拠が強いのか、という疑問が残
ってしまうことになります。
ついでにいえば、一つの情報だけを根拠にするのではなく、より多くの
情報をもとに統合していく為にも考えることは大切ですよ。

八、『負ける経験を積める』
これも専門職の悪いところに通じますよね。
特に勝てない戦いはしない、的な。でもポイントはそこではなく、負け
たときの心の整理の仕方や、次に活かすために今何を考えるのか、とい
う感情や思考のしなやかさを養うことになるのではないかと。
つまり、セラピストとしては常に改善につなげるために失敗を糧により
良い治療の提供につなげられるようにする、ということですね。
ちなみに、今回は失敗や負けという表現になってしまっているので、治
療を間違っちゃいけないだろう、というのはごもっとも。ですが、そこ
は治療に踏み出す前にどれだけ考えているのか、そしてその考えに根拠
があり、他のものより根拠が強いのか、ということを僕は考えている、
ということです。


■ノウハウをちょっと

いろいろと書いてみました。

僕自身、囲碁の勉強中でもあるので、続けることで更なるレベルアップにつながるといいな~とかいう欲もありつつです。

うん、僕は欲張りなんですね。

囲碁を患者さんとやるごとに、いろいろな事を考えさせられます。

自分のことも、患者さんのことも、まわりのことも。

そして、やっぱり思うんですよね、作業療法士だからって、作業療法だけを勉強していればいいわけではないなぁ~と。

総合力とか、バランス感覚とか既存の言葉に、安易に置き換えることもできますが、どうもそれだけでは足りないと感じるものでした。



あ、ちなみに……

『根拠』って、囲碁の用語でもあることを知っていましたか?

根拠は深いのではなく、強い人が勝つんですねぇ。

これはもう定石ですね。



「作業療法塾塾長」齋藤 信


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2010年07月11日

第241回 道具とあやうさ

道具とあやうさ
■今日のフィードバック

さて、アナタは道具を大切に使っていますか?

その道具、長く使う為にどんなことをしていますか?

そもそもその道具、アナタのものですか?

うん、質問ばかりですね。

というのも、最近道具についての話題が何件かでておりまして。

道具を大切に長く使うということと、道具を医療人として取り扱うということに対しての意識の問題――危険意識や恐ろしさというものが、はたしてどの程度わかっているのかな~と。

まぁ、例によって学生さんや新人によくある話ではあるのですが。

一言でいってみれば、『あやうい』……。

そんな事を思いました。

さて、それをふまえて……

アナタは道具を取り扱うとき、どんなことに気をつけているでしょう


■重要なキーワード

色々でてきますよね。

道具、と大枠で区切ってしまっているのもそうですが、おそらく正解がどうとかいうのではなく、お互いに取り扱うときの注意点のようなものを共有するでも良いのかもしれませんね。

とはいえ、なにがしかの話をしておかなければですからねぇ。

質問した部分で僕が思ったことを出しておきましょうね。

・道具を大切に使っているか?
・長く使う為にどんなことをしているか?
・その道具はアナタのものか?

まぁ、基本と言えば基本なんですが、道具って大切に使えばながく使えるんですよね。だから管理しなければならない。だからメンテナンスを定期的にしなければならない。ただ数を管理しているだけでは足りないんですよね。
作業療法士――医療人でもいいですが、職人としての側面ももっている、というのが僕の持論です。それをあらわす一つとしても、道具を大切に扱えるかというものが含まれているんです。
大工さんは、はじめに自分の道具箱を作ってそれをずっと使っていくそうですね。そして一つ一つの道具を使い潰していく。
その使い潰した数で自分のなかに技術が浸み込んでくるものと理解しています。
そういった考え方をもてているのだろうか、と振り返ることが必要だと思います。
でなければ、道具を消耗品と勘違いして、ぞんざいに扱うことを何とも思わない作業療法士になってしまうのではないでしょうか。

また別な視点で加えてみましょう。
そもそも道具は自分自身で購入したのでしょうか?
そうだというなら、大切に扱っていることでしょう。ですが、業務で使う道具のほとんどは病院・施設・会社に買い与えてもらった物ですよね。

それをぞんざいに扱って壊れたから買ってください、というのは筋が違いますよね。

見られてないと思っているのだったら大間違い。

どんなところにでも目はありますからね。

そんな人に新たな物品購入の伺いを出されても、上司はOKを出しませんよ。

そもそも作業療法士なんですから、作業と道具はつきものです。

正しい使い方をこそ、患者さんや利用者さんに伝える最初のことのはずです。

だったら、道具を適切に使うということ、大切に使うということ、長く使うということを忘れないでくださいね。


■ノウハウをちょっと

さて、あとは医療人と道具についてですかねぇ。

これは、リスク管理に対しての意識そのものではないかと思います。

OT室内の動線を考えるとか、その時にコレがあったらまずいとか、そういう環境的な部分もそうでしょう。

また、先にも言いましたが、患者さんたちに道具を正しく使ってもらわなければ怪我をしますよね。
自分が使えるから相手も大丈夫ということはないんです。
それは職員同士でも同じ、対学生さんでも同じことです。

不用意に取り扱ってしまったり、勢いや力で扱うものでもありません。

正しい取り扱いの方法を知っているか、が医療人として最初にあるべきではないかと思いました。

例えば、ダンボール。

OT的には道具というより素材・材料といった印象が先に来る方もいるかもしれませんが。
このダンボール。医療という視点で見たとき、取り扱いに注意しなければならないことがあります。
ダンボールは、床にしかおいてはいけないんだそうです。
過去、監査で指摘されたことなんですが、ダンボールを倉庫であっても床より高い位置の棚などに置く事は感染の原因になるからダメ、ということだそうです。

知っているか知らないかで、この取り扱いは変わってくるんですよね。

このように、医療の中では一般ではあまり馴染みのない管理の仕方や考え方があることもまた事実です。

なかには極端な指示・監督がある場合もありますが、その根底にあるものは何なのかを知っていれば、医療人として道具を取り扱うという事に気付けるのではないかと思っています。


さて、色々と書いてきました。

今回は『あやうい』という部分に多少なりとも考えてもらえたならいいかな~とか思っています。

様々な病院や施設がありますので、そこにはそこなりのルールもあり、そこで培われたノウハウなどもあることでしょう。
ですから、もっと多様な意見が出てきていることと思います。

その辺を是非、多くの人たちですり合わせてみたいですね。


「作業療法塾塾長」齋藤 信


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2010年07月04日

第240回 バイザーのあり方

バイザーのあり方
■今日のフィードバック

さて、みなさんにとって、バイザーとはどういった存在なのでしょう。

バイザー……スーパーバイザーですから、単なるアドバイスをする存在、助言者ではないんですよね。

指導者、監督者です。

でも、僕が話題に持ってくるくらいですから、そこがポイントではないことはもうわかっていますよね。

その指導者、監督者としての技術的な話ではなく、そもそもどうしている、どうあるべきなのだろう――そう思いました。

これを読んでくれている方は、学生さん、臨床に出ているOTさんが大半だと思います。はたまた、学生未満の生徒さんや一般の方もいることでしょう。

みなさん含めて、このスーパーバイザーという存在のありかたについて考えてみませんか?


■重要なキーワード

さて、ひとまず何かを考えてくれているかとは思いますが……

どんなことを考えましたか?

実習生にしてみれば、
・指導してくれる人
・先輩
・怖い人
・すごい人
・誤らない(謝らない?)人

臨床OTまたはバイザーにしてみれば、
・指導する人
・伝える人
・技術者
・職人
・偉そうにする人

とかかしら? うん、僕の思いつきです。

データも根拠もありゃしません。

おそらく、という一般的なイメージですよね。

なので、ここいらで僕自身のありかたのお話を。

僕としては、背中を見せる人、です。

常に先頭に立って、仲間や学生に胸を張る(威張る)のではなく、背中を(実践する姿を)見せ続けられる人、ってことです。

うん、とある人物に影響を受けていることを明言しておかなければならないかもしれませんが、事実そう思ってますし、実践しているつもりです。

さて、この僕の考えと言うか、バイザーとしてのあり方、想いをどう思いますか?

なんて、再び投げてみたりして。


■ノウハウをちょっと

ただ、このやり方は万人向けではないんですよね。

まぁ、逆に万人向けのバイザーのあり方を教えてほしいところもありますが。

いえいえ、そうではなくですね。

背中を見せているってことは『ついて来い! まだまだ追い越させねぇよ!』ってな感じでプレッシャーになっている人もいるんでしょうね。

結局のところ、『僕はここまでやってるよ、同じ立場なんだから、同じことをして当然だよね』って思わせているかもしれないってことでもあるんです。

昔の僕なら、『甘えるな!』の一言でバッサリでしたが、さすがに学生の層が広くなっており、誰もが目指せる一職業になってしまった分、もう少しやわらかくやる必要はあるんだろうなぁ~と。

きっと、うまく乗せて、本人にやる気を出させて、期待している行動を取らされている感なくさせてしまうことが出来れば一番いいのかもしれませんね。

う~ん……でも、それだと全員が全員おっけぇになるやり方だしなぁ~

本来の淘汰されない考え方を身につけるという趣旨とは少し違うんだよなぁ。

働き蟻を育てるのではなく、女王蟻になる考え方を――って、辛辣だね。

フォロアーを育てるのではなく、リーダーを育てたいんですものね。

う~ん……。

難しいなぁ~。

また今後に向けての課題ってことで。



「作業療法塾塾長」齋藤 信


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