【八十神の舞】神々の舞う地、神代市を舞台につむがれる物語。

八十神の舞トップ  > 第三話『天使たちの休日』

2009年09月27日

【another】第三話『天使たちの休日』

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Angel-Knights
another

第三話  天使達の休日

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プロローグ

神暦〇九九八年九月一二日。
ウェンデル国ライトパレス。
玉座の間。
この後に起こる全ての元凶。
Left-NoⅠ、ルシェールの妻、ヤヨイ=ウィルニーヌ=グランバードの暗殺事件が起こった。
「弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
いや、暗殺と言うよりは処刑。
夫の前で彼女のお腹に宿った子諸とも貫かれた。
「ザマァねぇな!
あぁ?英雄君よぉ!」
嫌らしい笑い声を上げる完全武装の男は、十数人のA-Kに床へと押さえ込まれたルシェールの顔を蹴り飛ばした。
何度も、何度も、何度も・・・・
しかし、王の目前で行われている公開私刑を遮る者が二人、現れた。
一人は白を基調としたスーツに身を包んだ二〇代の女性。据わり気味の紅みを帯びた瞳がカチューシャでまとめられた少々癖のある深く蒼い髪に映える。
龍国人特有の容姿を持つこの女性はヤヨイの侍従を務めるカレン=ホウリュウなる人物である。
そして、もう一人は彼女の養女であるローザ=ホウリュウと言う、五、六才程のウェンデル人の女の子であった。
「ヤヨイ様っっ!」
「パパぁ、弥生ママぁ!」
二人は華美な絨毯を走り抜け、完全武装の男、A-K-R NoⅥ、ディック=フェニキシオとルシェールの間に割って入った。
「なんだ貴様ら・・・・」
ディックは三日月の様な笑みを歪ませカレンを睨みつけた。
人を、とりわけルシェールを蹴りつける事に喜びを覚える狂喜の表情にカレンは押しつぶされそうになった。
彼女もA-Kとは言え、ランクが一段階違う。
AランクとBランクの違いは顕著に現れるのだ。
しかも、ディックのルシェールに対する憎しみは彼の力を能力以上に引き出している。
例え、カレンがディックに向かって行っても到底勝ち目の無い、無謀な抵抗でしかないのだ。
しかし、自分の主の死とその夫に対する暴力への怒り、それだけが今のカレンを突き動かした。
「よくもっっ!」
カレンは素早く呪符を取り出し、ディックに叩きつけようと手を伸ばした!
「何が、『よくも』なんだぁ?」
カレンの呪符は、ディックに届く事は無かった。
代わりに、飛爪獣牙と呼ばれる魔導具がカレンの腹部に突き刺さり、ディックは彼女を引き裂いた。
文字通り血の雨を降らせたディックは、続けざまにローザまでをも爪の餌食にした。
「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」
彼らの中で唯一人、傍観する事しか許されなかった男の心に闇が生まれようとしていた。
「英雄君よぉ・・・・
分かったかよ。
大事なモノが奪われたキモチがよぉ・・・・」
床に押さえ込まれたルシェールを見下し、ディックの呟きがルシェールの耳に届いたとき、彼の決して発揮される事の無かった『全力』が放たれた。
十数人のA-Kが重なり、更に強い力でルシェールを床に押さえつけようとしたが、彼の背より発現した輝ける一二枚の翼の、唯一度のはためきにより高い天井へと叩きつけられた。
「素晴らしい・・・・」
傍観者を決め込んでいたウェンデル王にしてルシェールの実父、ラストラの言葉である。
「これで、わざわざお前の馬鹿な婚約に付き合った甲斐があったと言うモノ・・・・」
実の父とも思えぬ言葉にルシェールの怒りは頂点に達した。
怒りは力を呼び、力は怒りを呼んだ。
そして、昔から【全力】を出す事を自らの禁忌としていたルシェールは、初めて【全力】を出した事によって自分の考えが正しい事を知った。
『オレの力が・・・・暴走している・・・・』
自分の元を離れようとしている力を抑える術がルシェールには無かった。
力が自分の元を離れたとき、別な存在が生まれそうな気がしていた。
「・・・・・・・・ル・・・・ルゥ・・・・」
刹那、思いもよらぬ人物からの声があった。
「ヤヨイ・・・・」
次の瞬間、怒りは少しずつ萎え、力がルシェールの元へと還って来るのを感じた。
「弥生ぃぃっ!」
光輝く翼は弥生とカレン、ローザを絡め取り、閃光と共に玉座の間から消え去った。
「しまった!」
ディックは言葉を吐き捨て、地団太を踏んだ。
この後、A-K-Rightはレフトパレスへの侵入が困難となり、A-K-LeftはA-Kに対する完全な裁定者の集団となった。


午前一〇時一八分 【真美の広場】

「信じらぁぁぁんないぃぃぃっ!」
神暦〇九九八年〇九月一一日、A-Kに久々の休日が訪れた今日。ウェンデルの城下町の中心とも言える【真美の広場】に集まる人混みの中心で、ウェンデルではさして珍しくもない、年頃の女性が着るようなミディ・ブラウスにスカートといった服装の女性、リリィ=カリエスは、シャツの上にバトルジャケットを軽く着崩した男性、マックス=スペイリアを前に怒鳴り散らしていた。
人々は何事かと集まる一方で、全ての関心は彼らが繰り広げている痴話喧嘩に注がれていた。
「し、仕方無いだろ・・・・
その・・・・俺達の仕事が片付いたのが昨日なんだぜ。
悪いと思っているからここに来たワケだし・・・・」
力無く言い訳をし、リリィの機嫌を必死にとろうとするマックスは、彼女は頭一つも小柄ながらマックスの胸ぐらに掴みかかった。
「マァァァックス!
あンた、あたしが言いたい事分かってないワ。
マックスはいつもの事でしょ!
そんな事はひとまずいいの!
問題は今日!
九月一一日よっ!」
「九月一一日・・・・」
マックスの思考は完全に停止した。
今日この日がなんなのか分からないのではない。
分かっているからこそ停止したのだ。
「リリィの・・・・」
「誕生日よっ!」
今更ながら、マックスは埋め合わせの日を今日に選んだ事を後悔していた。
男として生まれ、仮にも彼女と呼ばれる女性の誕生日を忘れてしまうという大罪を犯したのだ。
しかも相手はあのリリィ・・・・
マックスに逃げ場はなかった。
しかし、マックスは逃げようとは思わなかった。
あまつさえ、後悔の念が消え失せ、『何を強請られてもしかたないか』などと諦めが既に入ってきていた。
「まったく!
誕生日を覚えててくれたかと思えば、ただの埋め合わせぇ?
カ・ク・ゴはできてるわね!」
威圧的なまでのリリィの言動にマックスは力無くうなずくのだった。
『これはT’sブランドの一つや二つじゃ済まないな・・・・』
【T’sブランド】。これはウィルザー=グランバードが開発し、ティファ=スーツメイカーが確立した魔導衣の総称である。彼女のデザインの才はウェンデルにおいて誇れるものがあり、更に下手な鎧よりも物理攻撃を防いでしまう特性がある。おかげでA-K直属の、正確にはウィルザー直属の魔導衣デザイナーとなったのだ。
「分かった。ティファの所に行こう。」
マックスがあっさり負けを認めた事がギャラリーとしては面白くなかったのだろう。
痴話喧嘩の傍観者達は程無く興味を失い、蜘蛛の子を散らすように広場へいつもの流れが戻ってきた。
しかし、最後まで変わる事無い瞳で二人を見つめる者達がリリィの目に飛び込んで来た。
一人は目深にかぶられた純白のフードとマントで容貌をうかがい知る事はできない。ただ、華奢な顎のラインに紅の紅をさしているのが印象的である。この事からフードの人物は女性と考える事ができる。
そしてもう一人は前者とは対照的で、明らかに幼女であることが見て取れる。ウェンデル人の特徴たるエメラルドの瞳と真紅の髪を持ち、フードの女性にしがみつくように寄り添っていた。
「マックス。」
流れる人混みの中、リリィの促しにより対峙する形となった四人の間に異様な雰囲気の支配する世界が生まれていた。
が、戦端が開かれる事はなく、フードの女性がリリィとマックスの前に紋章の刻み込まれたペンダントを掲げることで身分の証明をしてきたのだ。
「そんなに警戒しないで下さい。
A-K-R Ⅷ マックス=スペイリア様と、A-K-R Ⅸ リリィ=カリエス様ですね。
私はカレン=ホウリュウ。弥生様の侍従をしている者です。」
「へぇ・・・・お姫様の・・・・」
リリィは明らかに不快の色が浮かんだ瞳でカレンを見下した。
「アナタ・・・・お目付けじゃないでしょうねェ・・・・」
そう、リリィは諜報を主な活動目的とする【Left】のナンバー2に仕えるカレンが、自分達の素行不良についての調査を行っているとにらんだのだ。
「そうなのか?」
問いに対して問いで反応したのはマックスであった。
しかもそれはリリィの神経を逆なでするのには十分なものであった。
「・・・・アンタねぇ!
相手はLeftよ、Left!
ボーナスの査定程度ならまだしも、暗殺もやってるのョ!
素行不良程度で解任は無いにしても、アホなA-Kはルー様自ら処理してるのよ!
そうでしょ!」
再びマックスの胸ぐらに掴みかかり、言うだけ言うとリリィはカレンに振り返った。
「はい、ルシェール様も弥生様も元気に殺ってます。」
事も無げに物騒な言葉を吐くカレンだが、この言葉の意味に気付いたのはリリィのみであった。
「・・・・で?あたし達をどうしようっての?」
仲間とは言え、ウェンデルと龍国間の様な犬猿ぶりを露骨に表情に出して問うリリィに、カレンはにこやかに答えた。
「どうだなんて・・・・
ただ、【T’sショップ】の場所を教えて欲しいだけなのですが・・・・」
こうなってはため息をつくしかリリィには出来なかった。
カレンには監視のつもりはさらさら無いのだが、リリィにとっては違うという事だ。
『はぁ・・・・今年は最悪の誕生日ね・・・・』



午後〇一時〇三分 【慈悲の聖堂】

「ふぅ・・・・」
一つのため息をもらし、窓の側に置かれた簡素な椅子に腰を下ろしたのはマリア=ホリルゥード。A-K-RのナンバーⅤに位置し、ウェンデルの大司教と言う役職にある女性である。
しかし愛らしい瞳からも、まだ女性と言うには幼い事を物語っていた。
そして椅子に座ったのも束の間、祭事用の正装である白に紅の紋章と、銀糸で何重にも呪が編み込まれたマントとローブを脱ぐ事無く、マリアはベットに身を沈めた。
「・・・・ツカレましタ。」
彼女は疲弊しきっていた。
前日から、ここ【慈悲の聖堂】において、教会からの現況報告と諸問題の対処についての会議が行われていたのだ。
ウェンデルの大司教ともなると、ただ説教をしていればいいという身分ではない。
この役職を手に入れたと言う事は全ての神官、司祭、司教達を統括しなければならないのだ。例え彼女がいかに若かろうと・・・・
そう、同時に例え彼女が大司教であっても十代前半の女の子。大人、しかも初老の男達に囲まれ会議に参加するのだ。そのストレスたるや、よほどのものであろう。
「何だぁ?まだ寝てるのか?」
「違イまス・・・・今から寝るんデス。」
「そうか・・・・どうでもいいが扉に鍵くらい付けておけ。
襲ってくれと言ってるようなもんだぜ。」
「ハい・・・・」
疲れのためだろう。自分が誰かと会話している事を認識するのに少しの時間を要した。
「・・・・ディックサン!」
弾かれるように飛び起きたマリアは、扉の側に佇むディックと呼ばれた男を睨みつけながら近づき、白銀のスーツ上から彼の胸に人差し指を突き立てた。
「ちょっト、ディックサン!
アナタ、女性の部屋に無断で入るなンテ!
ナニ考えてるんですカ!
大体ですネェ、ナニしに来たんですカ?」
まくしたてるマリアに対し、ディックは静かであった。
彼はうつむき加減に一点を見つめており、マリアと目を合わせる事はなかった。
そんなディックのいつもにない静けさに、マリアは戸惑うばかりであった。
「ディック・・・・サン?」
のぞき込むようにディックの顔を窺ったマリアは、彼の深刻な表情に困惑した。
「勅命を受けた。」
「勅・・・・命?」
マリアが聞き返すと、ディックは笑いを堪えるため口を手で押さえた。しかし、堪える事が出来ずに肩を揺らして笑いだした。
「ハ・・・・ハァッハッハッ!
そう、勅命さ!
ラストラ王直々にルシェールに復讐しろとさ!」
ディックは歓喜の笑みを浮かべマリアに顔を近づけたが、彼女は顔を外らす事無くただただ辛い表情をみせるのみであった。
「おばサマ・・・・
本当に優しい人でシタ・・・・
デモ、ディックサン!
おばサマは本当に殺さレたのでショウか?」
この言葉にディックは笑みを止め、不快を露にした。
「何を言う!
奴は母さんを殺しやがった!
報いは俺の手で与えてやるんだ!
そう、俺が奴に同じ思いをさせる・・・・
同じ思いを・・・・」
この時、マリアはディックが何をするのかを理解した。しかし、それはマリアの持つ信念に反する行為である事を同時に知った。
「駄目でス!
例え、自分の母親が殺さレたからと言って、同じ行為を持って相手を罰するノは、王が許しても私が許しまセン!」
マリアはディックに対し、説教じみた口調で食ってかかった。
だが、ディックの心は変わらなかった。
「だが、勅命だ。
オマエも神の使いであると同時に、A-Kなんだぜ・・・・」
心は変わらなかったが口調は静かで、マリアをたしなめるような口調になっていた。
「必要悪は既ニ悪じゃナイとでも言うのですカ?
それは・・・・間違ってマス・・・・」
言うと、マリアはディックにそっと身を預けた。
ディックもそれを拒まず、マリアの腰に腕を回し、優しく引き寄せた。
この光景は二人がただの幼なじみではない事を物語っているが、A-Kの誰もが予想だにしなかった光景である事も確かであった。
「もう・・・・イイじゃないですカ・・・・」
懇願するようなマリアの願いも虚しく、ディックの答は変わらなかった。
「ヤヨイを殺す。
そのために、俺はA-Kになったんだから・・・・」
その時、二人が思いもよらない事態が起きた。
二人の側にある扉、先刻ディックが指摘した鍵の無い扉が勢いよく開け放たれたのだ。
「おねぇちゃ~ん!」
飛び込んできたのは、ローザ=ホウリュウ。ルシェールの娘と噂されるカレン=ホウリュウの養女である。
当然の事ながら、この突然の来訪者に二人は驚き、弾かれるように離れたのだった。
「ロ、ローザちゃん・・・・どうシたんですカ?」
早鐘のように鼓動する胸を押さえ、マリアは窓際の椅子にひとまず腰を落ち着けた。
「ん~とぉねぇ!ローザね、お祈りに来たの。
カレンママとね、神様にお願いしに来たの。」
その言葉に誰よりも驚いたのはディックであった。驚きのあまりに腰の剣に手を掛けた程である。
しかし、マリアがそれに気付き、この少女を手に掛けたところで何の解決にもならない事を目で諭し事なきを得た。
「分かりまシタ。カレンサマと一緒に下で待ってて下サイ。」
「はぁ~い!」
ローザの聞き分けの良さに少々拍子抜けの感があったが、二人はほっと胸をなで下ろした。
「何だカ・・・・疲れまシタ。」
マリアはめまいを感じていた。
前日からの疲れもあったのだろうが、ローザの突然の来訪が彼女には一番こたえたのだろう。
肝心な事を忘れたまま椅子に座し、そして気を失った。
それに気付いたディックは、マリアが椅子から崩れるより速く彼女を抱き止めた。
「馬鹿野郎!
オマエは日差しに弱いんだから窓際の椅子になんか座るんじゃねぇよ!」
「アリがとう・・・・ディックサン・・・・」
「・・・・バカヤロ・・・・」
休日の昼下がり、昼の街を歩く事の出来無い二人は、それなりの幸せを感じていた。



午後〇三時一五分 ライトパレス中央通路

「ん、ヤヨイ殿の侍従ではないか。」
先ほどまで全身を覆っていたフード付きのマントを腕に掛け、上機嫌のローザに振り回されるカレンを呼び止めたのは、ロシーヌ=レビアンであった。
「これはロシーヌ様。
城内の警護ですか?」
「うむ、元々はミリィのやる仕事ではあるが、だからといって何もする事の無い時間を流れのままに過ごすのは性に合わぬからな。」
そう、A-K-RのナンバーⅢに位置する彼女は、城内においての戦闘が主な役職であるが、いまだにまともな仕事を行っておらず、専ら城内の警護に当たっていた。
「それはそれでよろしい事だと思います。
うちの姫様なんかは、最近は特にですけどゴロゴロ、ゴロゴロとしちゃってて・・・・
あ、申し訳ございません。
ロシーヌ様の事も考えず、内輪な愚痴を・・・・」
A-K内で最も取り付きにくいと噂される彼女を前に愚痴をこぼしてしまった事を、カレンは今更ながら後悔した。
しかし、ロシーヌの反応はカレンの予想に反するものであった。
「ふ・・・・
城内での戦闘など無いに越した事はない。
それより外はどうであった?
例えLeftに属する者とは言え、常に地下暮らしというのは辛い事だからな。」
カレンは優しい言葉を掛けられるとは思ってもおらず、言われた言葉を理解するのに少々の時間を要したが、ローザのはしゃぎ声に助けられ失礼の無い返答をする事が出来た。
「あ・・・・ありがとうございます。
娘の浮かれようを見て下さればご理解いただけると思いますが、久しぶりに楽しい一時を得る事が出来ました。」
二人の周りを駆け回るローザを目で追い、ロシーヌは少しだけ顔をほころばせた。
「ローザ。外ではどんな楽しい事があった?」
立ったまま尋ねはしたが、ロシーヌの言葉には少し丸みがみえていた。
走り回るのを止めたローザはロシーヌを見上げ、満面の笑みを浮かべながらつたない言葉で話しだした。
「ん、とぉね、今日はね、ローザ、神様にお願いしてきたの!」
「ほぉ、どんな願いだ?」
「誰にも言っちゃ駄目だよ!
ん、とぉね、みんな、みぃ~んな、仲良しでぇ、いつも、一緒にいさせてくださいって!」
この無邪気な願いを聞いたとき、この場にいた大人は願わずにはいられなかった。
争いの無い【久遠の平和】と言う世界を・・・・


午後〇三時二四分 ライトパレス中庭

「あらぁ?アレクさんじゃありませんか。」
ライトパレスの中庭にしつらえられたさほど華美ではないテーブルにカップを置き、椅子より腰を上げて一人の男を呼び止めたのは、ミリアンナ=グランロック。スーパールーズと噂されるライトのナンバーⅡであり、ウェンデル第三王位継承権保持者でもある姫君である。
「これはミリアンナ様。
御機嫌うるわしゅうございます。」
恭しく片膝をつく彼もA-Kの十字架を背負った者の一人。A-K-RのナンバーⅦ。名をアレクザード=フォンフォーネルと言う、専らもめ事の仲裁ばかりが目立つ好青年である。
「私めなどを呼び止めて下さるとは、このアレク、感激の至り・・・・」
この教科書通りの挨拶にミリアンナはうんざりしていた。
誰に会っても、誰が来ても同じ事ばかり。さしものスーパールーズも王族に生まれた事を憎む一時であった。
「世辞はぁいいですぅ・・・・
少しの時間でぇよろしいですからぁ・・・・
話し相手にぃなってもらえますかぁ?」
アレクは一瞬迷った。
話しが全て説教に逸れてゆくマリアと同等に話し相手を避けられる女性、ミリアンナを相手に自分は何処まで耐えらるのか、と・・・・
しかし、彼の中にある黒い部分がそっと囁きかけ、迷いは霧散した。
「光栄にございます。
私こそ、御相手御願いいたします。」
「まぁ・・・・ありがとぉ・・・・」
ミリアンナはアレクに椅子を勧め、座るよう促した。彼女はよほど嬉しかったのだろう。話しに入る前に自分を愛称である【ミリィ】と呼ぶようアレクに厳命した。
アレクは表面的には何度か躊躇ってみせていたが、心の中では彼女の中に一歩踏み込んだとほくそ笑んでいた。
そもそも、彼がここに居たのは偶然ではなかった。ミリィに呼ばれたのは偶然であったが、彼は毎日同じ時間にここを通るはずのロシーヌを目当てとしていた。だが、彼女はいつも通りの時間に来なかったのだ。
「そう言えばぁ~アレクさんもぉ・・・・が好きなんですってねぇ・・・・」
「は?」
アレクはとっさに振られた彼女の言葉を理解するのに少々の時間を要した。
「・・・・でございますか?」
「はいぃ・・・・」
アレクは完全に固まってしまった。
アレクが最も嫌う生物の単語が出てきたのだ。アレク自身忘れていた事だが、彼は幼い頃に受けた心的外傷、トラウマをその生物に植え付けられていたのだ。
そして、これも忘れていた事だが、ミリィの愛玩動物としてもウェンデルでは有名であった。
「ミリィ!
それをどこで聞いた?」
アレクは完全にパニックに陥っていた。
彼女に対する礼節を忘れ、全身から脂汗を流しながらテーブルに身を乗り出した。
「まぁ、嬉しいですぅ。
これがぁ~俗に言ぅ~タメ口ってぇ言うんですかぁ?」
言われてアレクは初めて気付いたが、そんな事はどうでもよかった。今は神経にザラザラ来るあの生物が好きだというデマを取り消す方が先であった。
そして、こればかりにはアレクの中の黒い意志も抗する事は出来ず、と言うよりそんな事を思う余裕もなく、ミリィの次の言葉を待っていた。
「この事を教えてくれたのはぁ~
ウィルザー様ですぅ。」
このとき、アレクの中に黒い意志よりもさらに深い闇が生まれるのを感じた。
「ではぁ~行きましょうかぁ?」
いつの間にアレクの側に来たのか。ミリィはアレクの腕を掴み、文字通り引きずるように歩きだした。
「や、止めてくれぇ~!」
彼の情けない叫び声は中庭を中心にライトパレス全体に鳴り響いた。
当然の事ながら彼らとすれ違ったロシーヌら三人の耳にもとどいていた。
「珍しい取り合わせですね。
確か、アレク様は・・・・がお嫌いだとルシェール様から聞きましたけど・・・・」
カレンは振り返り、ミリィに引きずられゆくアレクを眺めていた。
「ふん・・・・
おべっか使いがいい気味だ。」
振り返りもせずに吐き捨てるロシーヌだが、そんな彼女の真似し、楽しげに連呼するローザが対照的であった。
「いい気味だぁ~!」
ミリィが目指すは【猫御殿】。
彼女の愛玩動物のための館、アレクにとっての悪魔の館・・・・


午後〇三時四二分 ライトパレス玉座の間

「バーバラ=クライバン、ただ今参りました。」
華美な絨毯の敷き詰められた玉座の間の中央にひざまずく彼女は、A-K-RのナンバーⅣ。国外戦闘においての指揮の全権が任せられたA-Kである。
しかし、彼女は自らが強いと認めた相手以外の戦闘をマックスやリリィらに任せる事が多く、ほとんどを様子見程度の戦い方しかしなかった。そのため、彼女は謹慎か現状維持かの瀬戸際に立たされていた。
「よく来たね、バーバラ。
用件は・・・・わかっているね?」
玉座に座する、この優しい語り口の男はミシェル=ウィルザー=グランバード。RightのナンバーⅠを持つ表向きのA-K総司令である。と言うのも、実際の彼が自由に出来るのは【Right】と呼ばれるA-Kの正規軍のみであり、A-Kのもう一つの顔である暗殺・諜報部隊【Left】は彼の双子の兄、ルシェールの管轄となっているからだ。
ミシェルはそれが気に入らなかった。
ルシェールが自分は表舞台を好まないから、と自らLeftを志願した事が、ミシェルにとっては自分をを監視する為にしか思えなかったのだ。
「はい・・・・わかっております・・・・」
彼女は紅の絨毯の一点を見つめたまま静かにこたえた。
「私の度重なる戦場放棄・・・・
敵の力量を見極め部下に任せると言えば聞こえがいいですが、敵の一人も倒さずに戦場を去るのは敵前逃亡も同じ・・・・
私、死の覚悟をもってここに参りました。」
そう、現在までに彼女が去った戦場は全戦全勝。戦績のみで言えば何の問題もないのだが、騎士としての礼節の点から考えると問題がないとは言い切れないのだ。
「私は、ミシェル様唯一人を主とし戦う者。その信念は久遠の未来まで不変のものです。
しかし、それに不信を持たれてしまった事は私の傲慢、私の罪。
如何なる処罰も覚悟しております。」
その言葉に一片の曇もない事をミシェルは知っていた。
それが、彼女の忠誠心を超えたものである事も・・・・
ミシェルはそれに応えようと思っていた。
応える思いに、彼の中にある闇に突き動かされた感情が混じっているとしても・・・・
「僕は始めから君を罰するつもりなんか無いよ・・・・
でも、どうしても罰が欲しいと言うなら・・・・
君には明日から僕の手足となって働いてもらう。
他のA-Kには出来ない仕事だ。」
言うと玉座から腰を上げ、ミシェルはゆっくりとバーバラの元に下りてきた。
そして、彼は肩膝をつき、小さく萎縮しているバーバラの肩にそっと手を置いた。
「いいかい?」
耳元で囁かれたこの言葉に、バーバラは初めて顔を上げ感涙で瞳をうるわせながら、はっきりと、そして力ある語気をもって返事をした。
「はいっ!」
ミシェルは一度だけゆっくりとうなずくと立ち上がり、玉座へと戻った。
「A-K-R、Ⅳ、バーバラ=クライバン。
君に【ミカエル・ガーディアン】の称号を与える。
頼んだよ、バーバラ・・・・」
「はっ、命に代えましても・・・・」
彼女の心は抑えきれず、一挙手一投足に至るまで高揚感がにじみでていた。
それは一礼して玉座の間を退出した際、すれ違う様に入室したカレンにさえも分かるほどであった。
「バーバラ様は随分とご機嫌のようですね。」
ひざまずくどころか挨拶さえもせず、カレンはミシェルに歩み寄りながら語りかけた。
その無礼な行為に対し、ミシェル本人は何も言わずさせるがままにしていたが、さすがに側近の面々は怒りを露にカレンを静止させた。
ただ、この怒りにカレンが龍国の出身であることが手伝っている事は言うまでもない。
ウェンデルの人々が敵対する龍国の人間を嫌っていると言う事実は、側近の反応からも十分見て取れるのだ。ただ、それが既に感情的な反応となってしまっている事は、目先の嫌悪感にとらわれ、敵対するに至った経過を真剣に考える者が少なくなった事の現れとも言えよう。
だが、カレンはその様な周囲の目を気にする事無く、いんぎん無礼な態度は変わらなかった。
「それは失礼いたしました。
では、改めまして・・・・
御機嫌うるわしゅうございます。
本日は抱けぬ我が子の為の御配慮、まことに有り難うございます。」
礼はするものの、カレンは上目使いでミシェルを睨みつけた。
しかし、ミシェルは彼女の言葉に意を介す事は無く、静かな口調でカレンに語りかけた。
「何の事だい?
君達を外に出す事に許可したのは僕ではない。
礼ならルシェールに言う事だ。」
カレンの言葉に顔色一つ変える事無く平静を装ったミシェルとは対照的に、彼女の瞳は静かな怒りの輝きを灯していた。
そして沈黙が訪れる。
対照的な表情での睨み合いが続き、その幕は不意に吹き出す様に笑みを見せたカレンによって閉じられた。
「そうでしたか。
それは、とんだ御無礼を・・・・」
言うときびすを返し、カレンはその場を後にした。
側近らの無礼に対する非難の声を浴びながら・・・・


午後〇五時〇九分 ルーとヤヨイの寝室

レフトパレスと呼称される地下施設の一区画にはプライベートエリアがしつらえられている。そこは地下でありながらも、外界より得たわずかな光を増幅し、地上にいるのとあまり変わらぬ環境が作られていた。
そしてその一室では、非公式な夫婦ではあるが、ウェンデル第一王位継承権を持つルシェール=ウィルザー=グランバードと、かつて龍国の姫君であったヤヨイ=ウィルニーヌ=グランバードが居を構えていた。
「んふふっ!」
ツインベットで猫の様に丸くなりながら、恐らく愉快な夢を見ているだろう彼女、ヤヨイを見つけたカレンは、あきれ混じりに彼女をたたき起こした。
「『んふふっ!』ぢゃないですよ!
ヤヨイ様・・・・
ま・さ・か、私達が外出した時から寝ていた訳じゃぁ無いですよね?」
先刻の事もあってか、笑顔ながらもかなり機嫌の悪いカレンを前に、ヤヨイは耳をふさいで再び大きなベットへと横になった。もちろん、カレンから顔をそらすのを忘れずに・・・・
しかし、それはカレンの怒りに油を注ぐ行為である事は明白。
カレンは引きつる笑顔と震える声で反撃の狼煙は上げられた。
「ロ~ザァ~
ヤヨイママがベットでトランポリンしてもいいそうよぉ~」
「やったぁ~!」
大げさにバンザイをし、毛布の端を必死に掴んでよじ登ってくるローザに、さすがのヤヨイも観念する事となった。
「わかったわよ!
起きればいいんでしょっ!」
バラバラに絡んだ長く蒼い髪をかきあげ、ベットの上で身を起こした。
そしてそのままベットの端に腰掛けるような座位を取ると、膝の上に両肘をついて顎を支えた。
「まったく・・・・
小姑みたいな事言わないでよ・・・・
今日のあたしは機嫌がいいんだから。」
やや憮然としながら目を据わらせて、ヤヨイはカレンを見つめた。
「えぇ、私はローザの養母ですからねぇ・・・・
小姑と言われればそうかも知れませんね?」
小姑と言われたのが気に入らなかったのか、カレンはさらに険悪な表情を作りヤヨイに詰めよった。
この状況に返す言葉を持たないヤヨイは、どうにか話題を逸らす事は出来ないものかと数々の単語を頭の中によぎらせた。
そして思いついたのが、先ほどまで自分の機嫌が良かった理由であった。
「そうだ、カレン・・・・」
しかし、カレンの名を呼んだ時点で言うのを思いとどまった。
ヤヨイにとって、いや、ヤヨイとルシェールにとってそれは重要な意味を持つ事実であるからだ。
とは言え、名前を呼ばれてその後を語られないカレンにとっては面白いわけなく、結果として彼女の小言を増やす結果となった。

「まだ何か言いたい事はありますか?」
カレンよりその問いが発せられたとき、外界では既に日の沈む時刻となっていた。
「もう・・・・いい・・・・」
ヤヨイはそれだけ言うと三度、ベットに横になった。
そんなヤヨイに対し何かを言おうとしたカレンだが、お互い疲労の色がうかがえる程の状態であったため、ひとまず言葉を飲み込んだ。
ただ、言葉を飲み込んだものの、別な疑問がカレンの頭をかすめた。
「ヤヨイ様・・・・
先ほどは何を言おうとしたんですか?」
話したかったが、ルシェールに教える前には話したくない事を聞かれたヤヨイは曖昧な返事をする事しかできなかった。
「あぁ~あれねぇ・・・・」
そして、ヤヨイは決意した。
『誤魔化そう』と・・・・
「何でもないわよ。
それより、ローザは?」
そう、先刻ベット上を飛び跳ねていたローザがいつの間にかいなくなっていたのだ。
「ロ、ローザ?
何処に行ったの?」
慌てて部屋中を見回し、ローザをさがすカレンだが、見つける事は出来なかった。
はじめは話しが逸れてしめたと思っていたヤヨイだが、徐々に心配になりだしカレンにともに部屋の外に出てさがすよう促した。
「きっと、お腹がすいて食堂に行ったのよ。」
言ってヤヨイは扉に駆け寄りノブに手をかけると、勢いよく部屋の外に引っ張られた。
「どうした、ヤヨイ?」
扉を開けて現れたのは彼女の夫、ルシェールであった。
着流しで現れた彼は、彼女らを慌てさせた原因であるローザを右腕に抱いていた。
「ローザ・・・・」
「よかった・・・・」
ほっと胸をなで下ろす二人とは対照的に、ローザは何事もなかったかのようにクッキーを頬張っていた。
しかし、ローザが無事と分かると、気に触る事実を指摘せずにはいられないのがカレンの性分であった。
「ルシェール様!
まだ、お夕食前なのですよ!
お菓子を与えるなんて・・・・一体何考えてるんですか!」
「スマン・・・・」
らしくないとは言え、仮にも王族。しかも、このウェンデルの第一王位継承権を持つ王子に対して、暴言とも言える言葉を吐くカレンには良識ある者が見れば驚かずにはいられないものがあった。
「それにしても、カレンはローザの事になると随分と熱心だな。
愚弟の不始末を押しつけた様なものだから、俺は頭が上がらないよ。」
そう、カレン自身はそんなつもりはないが、ルシェールにとっては感謝こそすれ、怒りの対象とはならないのだ。
「そんな事は関係無いと・・・・
いつも言ってるじゃありませんか。」
カレンはローザを見つめ、一瞬何事か迷った後ヤヨイに目を向け語りだした。
「私は、この子を自分と・・・・それに自分の死んだ妹と重ねているのかも知れません。
私の身の上も、ローザと似たようなものだから・・・・」
その言葉に最も驚きを見せたのはヤヨイであった。
これまで主従を超え、友情の様なもので付き合ってきた彼女でさえ、初めて聞くカレンの過去だったのだ。
「カレン・・・・」
ヤヨイが呟くと、カレンは一度だけ微笑んでみせた。
「つまらない事を話してしまいましたね。
兎に角いいですか?今後は気を付けて下さいよ!」
いきなり話しを振られ、一瞬たじろぎ『気を付ける』とだけルシェールはこたえた。
そして、カレンはルシェールよりローザを抱き取り、一言残して退出した。
「ヤヨイ様、後で教えて下さいよ。」
と・・・・
「一体何の事だ?」
当然、ルシェールに意味が分かるはずもなく、ただヤヨイに訊ねる事しかできなかった。
ヤヨイはそんなルシェールの胸に身を預け、喜びに溢れた声でこたえた。
「双子、よ・・・・」
遠回しであったため、彼の子を身篭もった事実へとルシェールが到達するのに、さらなる時間と質問を要した。



エピローグ

「オバサン・・・・夢を見てるみたいだね。」
刻は戻って、神暦〇九九八年一二月二六日。
レフトパレスの最下層の一室。
そこは、かつてルシェールと呼ばれた者の研究室の一つであった。
「楽しい夢を見ているといいわね・・・・
今まで、余りいい事が無かったから・・・・」
研究室の内部に立ち並ぶ円筒形のガラス管の一つを向き、二人、フォースとベルは、ガラス管の中で膝を抱えて眠るノヴァに微笑みかけた。
「でも、オバサンは記憶が壊れているんだよねぇ?」
フォースが問うと、ベルは静かにうなずき、話しはじめた。
「叔母さんは再生が間に合わなかったそうだから・・・・
記憶の再構築ができなかったそうよ。」
「そ、か・・・・」
ベルの言葉に、フォースの気分は沈むばかりであった。
「せめて・・・・」
フォースは呟くとガラス管に手を触れ、羊水とガラス越しではあるが、微かに感じられるノヴァの鼓動を感じようとした。
「夢の中でくらい、昔の風景が見られればいいのにね・・・・」
ベルも『そうね』と応えると、隣のガラス管に手を触れた。
「ローザ・・・・
もうすぐママが目を覚ますわ。」
しかし、ベルの瞳に先ほどの笑みの色は失せ、険しい輝きを灯していた。
『父さん・・・・
ローザと叔母さんを、どうしてこんな身体にしてしまったんですか?
こうしなければならない、ワケがあると言うのですか?
父さん・・・・』
神暦〇九九八年一二月二六日・・・・
血で彩られたエムブレムを掲げるウェンデル国、その内部を発端とする運命の歯車は廻り出す。
くるくる、くるくると、前奏曲を奏でながら。
『ろー・・・・ザ・・・・』
崩壊の刻、近し・・・・

(第三話 『天使達の休日』 了)

 

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