【八十神の舞】神々の舞う地、神代市を舞台につむがれる物語。

八十神の舞トップ  > 第二話『ロストプリンセス』

2009年09月27日

【another】第二話『ロストプリンセス』

この日、突然現れた数人のA-Kによってランロード国の王城から人の気配が消えた。
いや、実際行動を起こしたのはたった一人、アレクザード=フォンフォーネルである。
表向きはもめ事の仲裁人となったり、気前の良さを見せる好青年であるが、その実、A-K内で最も権力欲が強く、常に総司令ウィルザーの命を狙うディックとは別な意味で危険な男である。
『隙あらばウィルザーを蹴落とす!』
誰にも悟られなかった想い……それを実行に移す時が来たのだ。
総司令の妻に迎えた龍姫、弥生の暗殺に始まるウィルザーの失態。
そして、最新の情報である総司令の反目と亡命。
全て彼の計画通りであった。
アレクは目を細め、口を三日月の様に歪めて笑みをこぼした。
狂おしいほどの歓喜がアレクの心を突き抜け、口から笑い声が静かに漏れていた。
玉座に座る彼は、ほとんど空になった小瓶を掌で弄びながら次第に笑い声が大きくなり、最後には誰も動かなくなった城全体に響くほどのものとなっていた。
「馬鹿笑いを止めてくれ。」
喜びのパトスを遮られ、アレクは突然現れた一人の女性を睨みつけた。
年の頃なら二十歳前、しかし右頬に刻み込まれた三つの爪痕と冷たく据わった瞳が彼女の行動を年齢以上のものに感じさせる。ボディーラインをくっきりときわだたせる闇色のスーツに銀の胸あてを纏った彼女の名はノヴァ=ディ=ドゥーディ。アレクの部下である。
「新人のくせに大した口をきくな…
これだからハンター上がりは困る。」
アレクはいつもの穏やかな笑顔に戻り、落ち着いてノヴァを諭してみせる。
しかし、ノヴァにはそんな事関係なかった。
自分の事で手一杯で他人の死に関わるつもりは毛頭無かった。
「ふむ、君は私のやり方に疑問を持たないのかね?」
そんなノヴァを見透かしたように、期待もせずにアレクがとった行動への反論を待った。
当然、ノヴァは反論する事無く城内の情報を淡々と述べた。
「君を選んだ甲斐があったよ、ノヴァ君。」
ノヴァの報告を遮り、穏やかな笑みを無表情な笑いに変え、アレクは肩を揺らして笑った。
低く、小さな声で…
ノヴァは無言のまま一礼し、踵を返すと風が通り抜けるのを感じた。
刹那、王座に座っていた筈のアレクが目の前に忽然と現れていた。
「済まないが、これを処理しておいてくれ。」
小瓶を突き出され、一瞬、眉をしかめたが、アレクの目を見据えノヴァはそれを受け取った。
「気を付けてくれよ。
その毒はA-Kの源、マテリアルの力を持ってしても回復は困難だからね…」
期待もせずに脅しをかけ、アレクはノヴァの反応を待った。
「…はい。」
静かだが、芯の通った強い語気で返事をしてしまうノヴァをアレクは転がるように笑い声をあげ、王座へと戻った。
そしてノヴァは瓶を掌に乗せたまま、背中に響く笑い声を聞きながら動きが止まっていた。
次の瞬間、ノヴァに手渡された小瓶を、彼女は両の手をもって強く押しつぶした。
瓶は中に入っていたごく小量の透明な液体ごと消えていた。
ノヴァはそのまま王の間より去ろうと一歩踏み出したが、何かを思い出したように歩を止め、上体をよじってアレクを向き言った。
「そういえば死体が一つ足りない気がした。」
すると、アレクの喜びの表情が一転し、ノヴァの次の言葉を怪訝そうな表情で待った。
「プリンセス・アリシア……
彼女は部屋にいなかった。」
アレクは弾かれたように立ち上がり、憤怒の形相で叫んだ。
「草の根分けても捜し出せぇっ!」
神暦0998年、セフィロトより西方に位置するランロード国王城は、集まっていた王家の者を含んだ全員の死をもってA-Kに占拠された。
唯一人、プリンセス・アリシアの命を除いては…

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Angel-Knights
-another-

第二話  ロストプリンセス

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《1》

A-Kによってランロード国王城が占拠されて数日後、王都は以前と何も変わる事無く平和そのものであった。
ランロード王、シャクタル=ダ=ラサラ=ランロードのウェンデル国へ帰属するとの発表による国民の暴動が起きたが、再び行った王、涙の会見により鎮圧。
アレクザードの虚偽の意見『自分にとっては不本意な支配。自治権の返還に努力する。』等の言葉を信じ、短い時間内にアレクを中心とした私設軍の結成まで至った。
しかし当然の事ながら、その言葉を信じる者達ばかりではない。
国の急激な変化は、しかも他国の人間に与えられた世界に対して不満が出ないはずもなく、アレクに反抗する者達が現れたのだ。
今回の物語は、それに参加する一人の人物を中心に語られる。
その人物の名はシュウナ=シライア。
パン屋でアルバイトをしている何処にでもいるような十五、六の子供である。
いや、反乱組織に参加しているところを見ると、大人として扱ってもらいたく躍起になっている時期なのだろう。
子供以上大人未満というべきかもしれない。
そして、そのシュウナは、何故かあっさり城内に侵入できていた。
「へへ、やればできるじゃん。」
偶然にも居眠りしていた裏口の門番を後目に、シュウナはパンを抱えて石造りの廊下を走っていた。
パンを抱えているからといってパンの出前であるはずがない。
組織の命令により、兵の数、配置を探るためにここにいるのだ。
「ひとまず、裏口は兵士が一人……っと。」
メモを取りながら走るという芸人じみた事をするシュウナは何か引っかかっていた。
気配はするのに人が生活している感じがまるでしないのだ。
「あぁ!」
いきなり立ち止まったシュウナはポンと手をたたいた。
「きらびやかなだけだよな、うん!」
生活感あふれる王城なんてあるわけないか、そう思う事にしたシュウナは、再び走りだした。
「妙な事で悩んでたら見つかってもこっちが気付かない……なぁぁんて事になりかね ねぇや!
なははははは……は?」
靴音さえ響くこの回廊で馬鹿笑いをしたのだ。
当然の事ながらシュウナは眼前に現れた三人組の兵士達に発見された。
「あちゃぁ~!
ついてねぇな、こりゃ…」
自分の軽はずみな行動がこの事態を招いた事に欠片ほども気付いてない様な言動を吐き、シュウナは必死に勢いを殺す努力、もっとも手をバタつかせる事でどれほどスピードが落ちるのかは分からないが、走るのを止めようとした。
「どけぇぇぇぇぇぇっ!」
しかし無理と分かった瞬間、シュウナは全身鎧の兵士の一人にタックルを仕掛けた!
結果は推して知るべし。
主に木綿からなる軽装のシュウナが、鋼鉄で全身を覆われた兵士にかなうはずがない。
見事に弾かれたシュウナは、硬く冷たい床へと叩きつけられた。
「ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
鎧で痛めた左肩と、叩きつけられた背中に走る激痛。
シュウナの精神は痛みに耐えられるようには出来ておらず、床を転がりながらわめき出した。
「痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!
ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
何で俺がこんなめに遭わなくちゃならねぇんだ!
あんたらのためにパンを持って来たってのによぉぉぉぅ!」
わめき転がる行為には二つの効果がある。
一つは、床に叩きつけられた痛みが突き抜ける間、転がる事で誤魔化せること。
もう一つは、自分を子供と見せてくれる事だ。
そう、そしてシュウナの予想では、『仕方ねぇガキだなぁ~』と兵士があきれて起こしてくれるはずだった。
だが、兵士達は直立不動を保ち、鉄仮面の隙間から覗く瞳は妖しい光をたたえながら、シュウナの更に奥、暗く冷たい通路の闇を見つめていた。
「…………」
彼らに助けを乞うのが無理と悟ったシュウナは、シクシクと鈍い痛みの残る左肩を押さえながら、やはりわめきながらその場を去ろうとした。
「もぅお頼まねぇよ!」
立ち上がったと同時、兵士達を後目にシュウナは走りだした。
しかし、走る方向に目を戻した時、再び何かに弾かれしりもちをついた。
「ってぇじゃねぇか!
ポケェ~っとつっ立ってんじゃねぇよ!」
反射的に罵声を浴びせたシュウナだが、次の瞬間、それを後悔する事となった。
「ぶつかってきたのはお前だ。」
低く抑揚の無い声、しかも、冷たさしか感じられない座った瞳……
彼女に見据えられたシュウナはすぐに視線を外したが、だらだらと冷たい汗が滝のように流れ出してきた。
「いや……その……」
一度は視線を外したが、ちらと彼女、闇に瞳と銀の胸当てのみを浮かび上がらせる女性が自分をどう見ているのかを窺ったのだが、先程と変わらぬ視線を向けられ続けてる事を知り、瞬くよりはやく視線を外らした。
『俺をどうするつもりだよぉ~』
沈黙に耐えられず、しかも蛇に睨まれた蛙状態が続くシュウナは、忘れていた左肩の痛みがじわじわと戻りつつあった。
左肩を抱える様に押さえると、今まで冷淡な表情しか見せていなかった女性に変化が起こった。
「怪我をしているのか?」
相変わらず抑揚は無いものの、シュウナの怪我に対して眉をしかめて見た。
しかし、次の瞬間には表情がもとの無表情に戻り、シュウナに右腕を振り出した。
「うわっ!」
反射的に右腕で顔を覆い隠したが、それはシュウナの頭めがけて飛来した。
コン!
「ってぇ!」
「怪我人を斬るつもりはない。つもりを変えて欲しいなら別だがな。」
何かが直撃した頭をさすりながら、シュウナはその何かを手にしていた。
「なんだよ、コレ?」
訊ねるが、彼女は既にシュウナを見てはおらず、全身鎧の兵士達に何かを示し、命令を下す。
「鎧人形よ、侵入者は抹殺せよ。
ただし、紋章を持つ者には攻撃するな。
持ち場に戻れ。」
彼女が言うと、全身鎧の兵士達は、自らの身体から放たれる無機質な金属音をたてながら、闇の中へと吸い込まれていった。
「鎧人形?」
思わず訊ねたが、答が返ってくるはずもなく、消えた。
「次にこの城で見かけた時は、殺す。」
そう、言い残して……
「…………」
再び、一瞬の内に全身を冷たい滴が流れ落ち、シュウナは動けなくなっていた。
『ど、どぉしよ……』
現在のシュウナの頭の中はその言葉のみが渦を巻き、占拠していた。
不幸にも、いや当然の結果として遭遇してしまったA-Kの女が言った事に嘘はない。
次に出会した日には間違いなく殺される。
シュウナは、A-Kの女に渡された物を確認もせず上着のポケットに放りこみ、立ち上がりながらズボンの汚れを落とすような仕草を見せた。
「ひとまず、あの女には遭いたくねぇな。」
きびすを返し、鎧人形と呼ばれた兵士達の方向に駆け出した。
ここで、一部始終を見ていた傍観者がいれば、シュウナに学習能力は無いのかと不安になるかもしれない。
しかし、そこはそれ、さすがのシュウナも懲りたらしく、声どころか足音も低く、暗く闇に占められた通路を進んだ。
すると、目前に広がる異変に否応無く気付かされる事となった。
「なんだぁ?
鎧が脱ぎ捨ててある……のか?」
これらは、鉄仮面は無論の事、各関節部分からわずかも肉体を覗かせる事の無い鎧……全身鎧だ。
しかし、放置のされ方がおかしい。
まるで、蛇が抜け殻を残して脱皮した様に、鎧同士の接合部をはじめ、関節部分は連結されたままであった。
あぁ、飾ってあった鎧が倒れたんだな、と、シュウナは思ったが、すぐにそれは否定された。それが一つや二つならまだ偶然と思ってしまう。しかし、それらは全てシュウナの方を向いており、鎧の手に握られた槍を突き出す格好で倒れているのだ。
『偶然には思えねぇ。』
心の中で連呼されるその一言に、シュウナはA-Kの女に言われた事を忘れて、フラフラ崩れた鎧の後を追った。
まさしく吸い寄せられるように。
そうしている内に、何処をどう通ったのか、まぁ、鎧をたどれば元の場所に戻れるのだが、それを思いつくよりはやく、半開きになった扉から漏れる会話に耳を傾けていた。
「身代わり御苦労様。
どう?ここの暮らしは?」
何処かで聞いた声がする。
くぐもった様な女の声。
「まぁまぁね。」
「ボクを信じて待ってて。
もうちょっとの辛抱だから。」
ボク?
『ボク』なんて自分の事を呼ぶ女で知ってる奴は唯一人。
シュウナは思わず部屋の中に飛び込んでいた。
そしてそこに立つ女性が二人。
プリンセス・アリシアと、反乱組織の指導者、フォースの姿であった。
「フォースさん……」
シュウナは、黒一色に染めあげられたローブに身を包み、御丁寧にも色つきのゴーグルで視線を隠したうえにマスクとフードで頭部までも完全に外界へ遮断している女性、フォースの名を呼んだ。
驚きよりも先にたった疑惑の表情を向けて。
しかし、その姿を見て驚きの表情を見せたのは、プリンセス・アリシアであった。なんともわざとらしく、それが先ほどのフォースの言葉を肯定していることが明白となっていた。
シュウナは目敏くその事を見抜き、フォースに向ける強い視線で『嘘は駄目だ』と訴えた。
フォースの口を覆う黒いマスクの下から低く、しかし深く息が漏れる音がする。
「まさか、囮に君が選ばれてるなんて……」
今度はシュウナが驚きの表情と共に抗議の声をあげた。
シュウナには自分が囮である事など知らされていなかったのだ。
「説明してくれるまでここを動かないからな!」
シュウナは言いたい事の半分で抗議を切り上げ、二人の前に腕を組んで座り込む。
『俺を連れて逃げられるもんならやってみろ!女に男を担げるか?』
そんな不敵な笑みを浮かべて……
ただ、シュウナはもう一つの可能性をまったく考えてなかった。
「くすっ…」
マスクの下からフォースが小さく吹き出す。
それの真意、もう一つの可能性に気付くのに、シュウナは少しの間を要した。
フォースがシュウナを見捨てて逃げると言う可能性を…
同時に、運が悪い事にも、先刻のA-Kの女が兵士を連れて部屋になだれ込んできた。
「仲間、か……」
驚く様を微塵も見せず、腕を組んでシュウナ達に歩み寄る。
「云った筈だな。次に会ったときは殺す、と…」
シュウナは背を向けていたため、彼女の顔を確認する事は出来なかった。しかし、身体は覚えている。再び冷たい汗が滝のように流れ出す。彼女に振り返る事が出来ない。
右頬に醜い爪痕を残すA-Kの女。
『どぉすんだよぉ~!』
固まったままのシュウナには、その一言を思い浮かべるだけで精一杯だった。
しかし、その停滞した思考を再び動かしてくれる言葉を投げかけた者がいた。
「オバサン、ボクの仲間に手を出さないで欲しいな。」
「!」
その者はフォースであったのだが、一瞬、A-Kの女は驚きの表情を出しかけた。
しかし、何事かを思い直し、彼女はすぐに無表情へと戻っていた。
「そんな所で何をやっている。
ナラ!お前はA-Kのレフトナンバーズに入ったのではなかったのか?」
彼女はフォースを指さし威圧的に話しかけるが、当のフォースは、彼女を挑発しかねない、いや、十分挑発している言葉を並び立てた。
「ん~、ちょっと違うよ。
いっぱい話してくれるのは嬉しいけど、ボクの名前はフォース。
オバサンの知ってる男の子じゃないよ。」
自分の背中越しに聞こえてくる怒気をはらんだA-K女の声、目の前で若い女をつかまえてオバサンと挑発するフォース。このやりとりの傍観者であるシュウナにとっては冷や汗モノの状況であった。
「ならば、フォースとして覚えておく。
次に会うときは地獄の底だがな。」
驚くほど静かに語り出し、A-Kの女は右手を天にかざし、次の瞬間、刀身が異常に広く長い剣、大段平と呼ばれる物とともに振り下ろされた!
「え?」
刹那、シュウナの頭上にきらびやかな絨毯が現れた。
「えぇっ!」
シュウナが驚いたのも無理はない。いつ抱えられたのか、シュウナはフォースの左脇に抱えられていた。
『嘘だろぉ~!何で女の細腕に抱えられてんだぁ?
まさか、こいつ本当は…』
思い悩む間も無く、シュウナを小脇に抱えたフォースはそのまま移動し、窓枠に手を掛けた。
「まさかっ!」
フォースが取る次の行動を察したA-Kの女は横薙に右手を振り、その手より出現したダガーを投げつけた。
しかし、全ては遅かった。
「次は『姫様』と、『アレクの命』をもらいに来るよ!」
激しい音を立て、フォースとシュウナは窓から飛び降りた。
A-Kの女は破られた窓から身体を乗り出し、落ちて行く二人を睨みつけた。
「バイバイ、オバサァァァァァン!」
フォースは挨拶する余裕を見せていたが、シュウナはそれどころではなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
フォースの挨拶をかき消すほどの声を張り上げ、必死にフォースの腰にしがみついた。その際、先ほどの考えを否定する事実を知ったのだが、それを思い出すのは少し後の事である。


《2》

「何故です!何故、あんな小僧と共に宝剣の奪取に向かわれるのです。」
ランロード城突入当日、フォースの決定した配役に抗議の声を挙げたのは元アリシアの女官剣士、マリーム=カフ。偶然にも、アリシアのわがままで買い物に出されていたため命を拾った唯一の王城勤務の生存者である。
「シュウナはボクが護らなくちゃならないんだ。」
フォースは静かにたしなめるが、マリームに理解は出来なかった。
「何故です!姫様があんな小僧を…」
とっさに口走った言葉にフォースは語気を強める。
「マリーム!」
はっとしたマリームはそのまま黙り込み、一言申し訳ありませんと頭を下げる。
「ボクは姫様じゃないよ。
それに、今は言えないけど、シュウナにはもっと役に立ってもらわなくちゃ。」
再び静かな口調に戻ったフォースは、マリームにのみ聞こえるよう呟いた。
しかし、地獄耳はいるものだ。二人のいる作戦室の扉が大きく開け放たれた。
「俺がどう役に立つってんだよ!」
シュウナである。
「ボク達の話しを聞いてたんだ。」
静かに聞くフォースに対し、シュウナは低く答えた。
「聞いてて悪いか?」
その返答に、当然、語気を荒らげシュウナに迫るマリーム。
「貴様、フォース様に無礼であろう!」
しかし、フォースはそれをたしなめ、改めてシュウナに向かう。
「君はボクと宝剣を探すんだ。アリシア救出部隊を囮にして、ね。」
それを聞いたシュウナは、やれやれと眉間にしわ寄せフォースを睨んだ。
「また、囮かよ!
俺は死ぬ思いだったんだぞ!」
ばん!と机を叩き身を乗り出して怒鳴り散らす。
確かに、シュウナは大切な仕事をもらったと喜び勇んで潜入したものの、『実は囮でした』では怒りたくもなる。分からないわけでもない。が、ここで止めの一言がフォースから放たれた。
「君があそこに出る必要はなかったんだ。こちらの手違いだよ。」
「ふざけるな!
手違いで死んでたまるか!」
シュウナは机越しに、相変わらずの黒ずくめであるが、お姫様然と優雅に椅子に座するフォースの胸ぐらにつかみかかった。
刹那、シュウナはある事をふと思いだした。
それに思いが飛び、頬に飛来するそれに気付く事はなかった。
ぱん!
「フォース様から手を放せ!」
マリームが、半ば机に乗りかかったシュウナに平手打ちを喰らわせたのだ。
すると、打たれた頬を手でさすりながら、シュウナはのろのろと机を降り、その場に立ち尽くした。
「どうかしたの?」
マリームに声を掛ける必要はないと言われながらもフォースが優しく訊ねると、シュウナはゆっくりとある事を訊ねた。
「あの女の事を知ってるのか?」
あの女、シュウナに傷薬を与えつつも、2度目に会った時は躊躇無く刃を振り下ろしてきた女。シュウナは何故か、今頃になってあの女の言った事が気になっていた。
「彼女は、ノヴァ=ディ=ドゥーディ。アレクの部下だよ。彼女がどうかしたの?」
「……いや、いい。何でもない。」
シュウナは何か言いたげな素振りを見せたが、それを飲み込み、黙り込んだ。
このシュウナの行動にマリームは失礼だろうと責めたが、シュウナには聞こえていなかった。

『そんな所で何をやっている。
ナラ!お前はA-Kのレフトナンバーズに入ったのではなかったのか?』
『ん~、ちょっと違うよ。
いっぱい話してくれるのは嬉しいけど、ボクの名前はフォース。
オバサンの知ってる男の子じゃないよ。』

シュウナは考える。
プリンセス・アリシアの居室で行われたノヴァとフォースのやりとりを。
『嘘だろぉ~!何で女の細腕に抱えられてんだぁ?
まさか、こいつ本当は…』
そして思う。
フォースは何者なのか、と。
敵と共通の知り合い、あるいはフォースの正体と思われる男、ナラ。
そう、フォースが男ならシュウナを小脇に抱える怪力もうなずける。
発展途上中の体格ではあるが、人一人を片腕で抱えるのだから。
『何故です!姫様があんな小僧を…』
しかし、そこまで思ったとき、シュウナはある事をはっきりと思い出す。
「中の下……か?」
呟きうんうんうなずくシュウナに、マリームはボルテージの上がりつつある怒りを抑え、声を震わせながら言い放つ。
「い、いい加減にしろ。」
ようやく気付いたシュウナは、はっと頭を上げ、細い目を見開き怒りを露にしているマリームと目があってしまった。
「あ、いやぁ~」
慌てて逃げる様に視線を外したシュウナだが、今度はフォースと目があってしまう。
「中の下って、なんだい?」
ゴーグルとマスクに隠れ、フォースはただ純粋に言葉の意味を知りたいだけなのか、シュウナの次の言葉を見越しての物か、それを推し量る事は不可能である。に、しても他に言い様があろうものだ。愚かにも、シュウナは思った事を口走っていた。
「何、あんたがあんまり馬鹿力を持ってるもんだから、男じゃねぇかと思ったんだが、窓から飛び降りたとき、女だって体感し……」
瞬間、マリームの右ストレートがシュウナの顎を貫いた。
「キ・サ・マァ!よくもそんな破廉恥な事をぉっ!」
完全に開かれた目より漏れる怒りの輝きを震わせ、マリームは大きく肩で息をする。
そんなマリームをひとまずなだめ、フォースはつぶやくように言った。
「仕方無いんだよね、ママの胸も小さかったって話しだし……」
その後、シュウナが気付き、治療を受けたため、城への侵入が二時間遅れた。


「分かってるよね。ボク達二人は、宝剣を手に入れるよ。」
シュウナは走っていた。
『地獄まで続いているのでは?』
そう思わせるような闇へと続く、中央吹き抜けの螺旋階段。
二人はそれをひたすら下っていた。
「わぁ~ってるよ。他の宝に手を出すな、ってんだろ。」
シュウナは、ひとまず釘を刺された事の返事を進行方向に投げかけた。
フォースは闇色の衣を全身に纏っているため、シュウナには何処にいるのかが肉眼で確認できていない。ただ、この人一人通るのがやっとな階段へ先に入った事から、前にいるだろう事は分かっている。
「なら、急ぐよ。
今の所、トラップの反応は無いけど、敵は動いてやってくるからね。」
再び聞こえたフォースの声に、シュウナは悪態をついた。
「ったく!あんた、翼でも生えてんのかよ。
螺旋階段なんだぞ!
曲がってんだぞ!」
確かに、シュウナがこれ以上スピードを上げれば、確実に転落、そして死が訪れるだろう。
しかし、シュウナの頭にある思いがよぎる。
『まさか、見つかった?』
同時に、かなり脚色されたノヴァの恐ろしげな顔が浮かび、シュウナの頭を占拠する。
「冗談じゃねぇ!
あんな化け物女に勝てるわけねぇだろ!」
汗が冷たくなるのを感じ、先日味わった恐怖を頭の中から振り払うように、シュウナは速度を上げた。
「倒せるよ。」
突然、吹き抜けを挟んだ対岸、或いは中央からだろうか。
フォースの声がシュウナの耳に届くと同時、足を踏み外していた。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉ!」
死の寸前、全ての物がゆっくり動くように見える、などという話しを聞いた事が有るだろうか。
今、まさに死の瞬間を迎えたシュウナは、身を以てそれを体感していた。
『うわぁぁぁぁ!
どうせなら一瞬で終わってくれよぉ!』
最後に思った事が生への執着ではなく、死の恐怖からの逃避を思ってしまうシュウナは珍しいと言うべきか。
だが、いくら珍しかろうが落下は逃れようもなかった。
次の瞬間、最後の刻が訪れた。
ごち!
「着いたよ。」
「…………」
シュウナが踏み外した段数は推して知るべし、と言うべきか。
二人は底へとたどりついていた。
まとわりつく闇をかき分けるように青白い明かりが灯される。
それは、まるで王の帰還を待っていたかの様に一本の通路を浮かび上がらせた。
「この通路を抜けた広間に一つの魔法の扉があるんだ。」
フォースは闇に開いた光の穴を指さすと、シュウナは立ち上がりながら悪態をついた。
「まったく、王女様様だな!
あんたが着いたとたんにお出迎えかよ。」
しかし、フォースはいつも通りの言葉でシュウナの皮肉を受け流す。
「ボクは、お姫様なんかじゃないよ。」
へいへい、と気の無い返事を返し、シュウナはフォースに先行して通路を進み出した。
すると、シュウナが通ったすぐ後ろから、フォースを待つ事無く明かりが消えていった。
「たどり着いた……」
フォースが呟くように言った直後、フォースの背後で轟音が鳴り響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
同時、前方から来るシュウナの悲鳴にも似た叫び。
「まずい!」
フォースは弾かれるように、シュウナが居るだろう広間目指して走った。
そして、後悔した。
最後の最後で気を抜き、トラップの探索を怠った自分の怠慢を。
「シュウナ!」
ひときわ明るくなった広間に入った瞬間、連続して続く轟音がすぐ背後で止まった。
フォースは、振り返った先にそびえる石壁に手をつき苦々しく吐き捨てた。
「五重の落とし扉かっ……」
「そう、これでお前達は逃げられない。」
フォースにとって馴染みのある低く、冷淡な語り口。
振り返った眼前に現れた彼女は、宝剣へ続く唯一の扉を塞ぐように立ち尽くす。
「オバサン……」
ノヴァ=ディ=ドゥーディ。
BランクのⅦのナンバーを与えられたAngel-Knightsである。
「どぉすんだよ!
逃げ道は塞がってるし、扉の前はあの女。
無茶苦茶じゃねぇかよ!」
大方、ノヴァを見て壁まで逃げたのだろう。
シュウナが右側から怒鳴り散らしてくる。
が、シュウナに言われるまでもなく最悪の状況に陥っている事は誰が見ても明かである。
この状況を打開するためにフォースが思いついている行動は二つある。
一つは、ノヴァを倒し、宝剣を入手。隠し通路を使って逃げる。
もう一つは、ノヴァと戦い、隙を見て宝剣の間に隠れ、宝剣を入手後、隠し通路を使って逃げる。
フォースはシュウナの事を考えた時、迷わず後者を選んでいた。
ただ、この作戦は、宝剣の間に隠し通路があると言う前提のもとに成り立っている。
しかも、ノヴァと同等以上に戦える必要がある。
小声で作戦だけシュウナに伝えると、返ってきた反応は予想通り疑念に満ちていた。
「馬鹿ゆ~んじゃねぇよ!
俺があんなの相手に戦えるワケねぇだろ!」
「大丈夫。戦うのはボクだよ。
あとは、ハッタリまかせだけどね!」
「ぅをい!」
刹那、フォースは一本のダガーをノヴァに投げつけると同時に、ノヴァの眼前へと現れていた。
「くっっ!」
ノヴァの頚部めがけて飛来するダガーと、フォースの細腕から繰り出される拳。
どちらの殺傷能力が高いのか、それは目に見えてダガーであろう。
フォースの狙いを悟った瞬間、ノヴァの右足はダガーより速く現れたフォースに突き上げるように放たれた。
鈍い音と、風を切る音が二人を中心に、がらんどうな広間に木霊した。
ほんの少しの間を置き、フォースが冷たい石の床に叩きつけられ、布のすれる音を最後に静かになった。
対するノヴァは、飛来したダガーをかわそうともせず、それを喰らった。
フォースに蹴りを入れた事により、喉を遮った右上腕に深々と突き刺さったのだ。
が、問題はこの後だった。
ノヴァの腕に刺さっているはずのダガーが無くなっていたのだ。
抜いたのではない事ははっきりしている。血一滴流れていないのだから。
「無駄な事だ……」
呟き、ノヴァはゆっくりと腰に下げた剣を抜き払う。
一瞬の傍観者であったシュウナは、改めてノヴァの得体の知れない力に身を震わせた。
死んだとは思えないが、自ら戦うと言ったフォースは地に伏せり、ピクリとも動かない。
「ち、ちくしょぉ!」
壁を背にしたシュウナが吼え、拳を握りしめ一歩踏みだした。
「次はお前だ。
傷は治ってるはずだな。」
冷たい瞳に見据えられ、『何を根拠に!』と言う叫びを飲み込んだ。
シュウナの冷や汗の量に比例し、ノヴァは静かに、一歩一歩近づいてくる。
ノヴァはシュウナの眼前で歩を止め、シュウナの喉元に抜き身の刃を突きだした。
小さくひきつる様な呻きを上げ、背中を完全に石壁へ預ける形となった。
シュウナにとって、背中が冷たいのは汗のせいなのか、壁が冷たいからなのか分からなかった。
「一つ聞きたい。『あれ』は誰だ?」
突然の問いにシュウナは何を聞かれたのかが分からなかった。
「え、あ?」
回答に詰まるシュウナにノヴァは最初から期待していなかったのだろう。
答を待たずに剣を振り上げた。
「フォース、だよ。」
背後から突然漏れた呟きに、ノヴァが振り向いた瞬間、彼女の肩が弾けた。
紅い鮮血はシュウナを含めて大きく床を濡らし、久しく味わっていなかった激痛と共にノヴァは朱の絨毯に片膝を突いた。
「シュウナ!
部屋に走るんだっっ!」
フォースの叫びに、固まっていたシュウナが我に返り、この場を共に共有する事を避ける様に走りだした。
「宝剣を手に入れるんだ!」
このに止めの叫びが聞こえたかは定かではないが、シュウナは宝剣の間に飛び込んだ。
「さて、オバサン。続きをするかい?」
白くなった黒衣をはたき、埃を落としながらフォースは問う。
「何故だ?
何故、あたしの肩が弾けた?」
初めて見せるノヴァの激しい困惑の表情に、フォースは楽しそうに笑った。
「化かし合いに勝っただけだよ。
最も、オバサンはひっかかっただけだけどね。」
そう、フォースは先の一瞬の攻撃において、駆け引きに勝っていたのだ。
フェイント、あるいはバランスを崩すためにダガーを投げた、そうノヴァが判断し、自分の剣を体内に吸収する能力を使ってあえてダガーを喰らう。
しかし、そのダガー自体が魔法剣の類であり、フォースの意志で魔力の放出が可能であった。
結果、ノヴァの右肩は大量の血と共に吹き飛んだのだ。
「…と、言うわけさ。」
楽しそうに話すフォースとは対照的にノヴァは無言だった。
「ところで…
アレク一人で大丈夫?」
このフォースの一言で、ノヴァは事も無げに立ち上がった。
「どういう意味だ?」
「どう、って、そのままだけど?」
ノヴァが立ち上がる事はさも当然といわんばかりに、フォースは何事もなかったように語り続けた。
「宝剣なんて、オバサン達を追い払ってからでもいいと思わないかい?
ただ、少々の魔力を持った魔剣を姫様より優先される物だと思うかい?」
「そんな事あたしには関係ない。」
そっけなく言い放つノヴァに、フォースは黒で覆われた顔をほころばせ、続けた。
「もしだよ!
もし、アレクと同等の力を持った者がそっちにいたら?」
この言葉には、さすがのノヴァも惹かれるが、表情に出す事はなく、ただ呟いた。
「だからどうした。
あたしには、あの男を助ける恩も義理もない。」
「でも、義務はあるでしょ。」
フォースの頭には、シュウナが宝剣を手にいれる事。
ノヴァの頭には、義務を果たし失われた妹の情報を得る事。
膠着状態が続いていた。
そして、それぞれの意志の交錯の中、第三者によってノヴァの方に天秤を傾けられた。


《3》

「そんな言葉に耳を傾ける必要はない。」
陽炎の様な身体を揺らめかせ、現在、この国、この城の主を気取っている男。
アレクザード=フォンフォーネルが現れた。
いや、正確にはこの場にはいないのだろう。
現れてなお揺らぎは収まらず、あまつさえ身体を透けて石壁が覗いているのだ。
「魔導幻影での登場……か。ずいぶん余裕だね。」
フォースは幻像のアレクを向き、呆れた様に肩をすくめた。
「その術って、抜け殻になった肉体が無防備になるんじゃなかったっけ?」
アレクの幻影は、ほうと感嘆の声を上げ顎をしごいた。
「よく知っているな。」
「ボクは魔術マニアでね。」
そんなアレクをあざ笑うかのように、フォースは冗談ともつかない返事を返した。
アレクはフォースの態度に、内心憤慨していた。
彼は、強者であれ弱者であれ、自分に対する蔑み、嘲りを許せない質であった。
それがどんなに些細な事であっても、だ。
「フォース君、余裕を見せすぎているのは君達じゃないのかね?」
アレクは何事か思いついた様に、わずかに口を歪めて語りだした。
「どう言う事だい?」
「あの時会ったプリンセス・アリシアが、既に偽者だとしたら?」
「…………」
フォースの沈黙に、アレクは三日月の様に裂けた口から低く、善意の欠片も感じられない笑い声をあげた。


同時刻、隣の、つまり宝剣の間でシュウナは訳も分からず剣に手を掛けていた。
「抜けねぇぇぇぇぇ!」
祭壇の様な文様の彫り込まれた直方体の台。
そこには華美な装飾の施された、明らかに武器としての役目を果たせそうにない儀礼様の剣が深々と突き刺さっていた。
「ったく、こんなモンが何の役に立つんだよ。」
一回引き抜こうとしただけで全てを諦めたシュウナは、剣の柄に蹴りを入れた。
『痛い!』
「そぉ、痛ぇよ。
抜けもしねぇ剣を引っ張ったんだ。手がヒリヒリすらぁ。」
『無理に引き抜こうとするからです。』
「そぉかもな。」
『そうです。
ものには順序というものがあります。』
「順序ねぇ~………?」
この異様な会話にやっと気付いたシュウナは、はっと顔を上げ、辺りを見回した。
「だ、誰だ?」
今更ながら、シュウナは直接頭に響いてきた声に驚愕し、パニック寸前の状態に陥っていた。
『私の身体に靴跡をつけておきながら、誰だとは失礼な方ですね。』
「まさか……」
シュウナはゆっくりと振り向き、剣にはめ込まれた大きなエメラルドに顔を近づけた。
『無礼者!
臣下なら一段下がるのが礼儀でしょう。離れなさい!』
しかし、シュウナは後へ引かなかった。
先ほどの恐怖は何処へと消えたのか、積極的という言葉があてはまるかのようにベタベタと宝剣を触りだした。
『は、破廉恥な……止めなさい!
止めねば斬ります!』
この言葉にシュウナは慌てて手を離すと、蹴りを入れても動く事の無かった宝剣がガタガタと揺れだした。
「あんた、もしかして『魔剣』って奴か?」
シュウナが発した問いは、激しく間の抜けたものだった。
宝剣が揺れを止め、元あった深さより更に深く突き刺さってしまったのがいい証拠だ。
『あなた、そんな事は見れば分かるでしょうに……』
「いや、分からん。」
二人の間に沈黙が訪れる。
自分にとっては当たり前の事が分からない。しかも、それを説明する事がどんなに億劫な事かを知るこの魔剣は、シュウナを無視して話しを進めようかと一瞬思った。
しかし、自分を扱う事になるであろう人物が無知な事の方が生理的に嫌だと感じ取り、静かに説明を始めた。
『いいですか?
まず、この世界の武器には四つの種類にわける事が出来ます。
剣を例に取れば、物理剣、魔法剣、魔力剣、魔剣です。
物理剣は文字どおり物理攻撃のみが出来る物で、
魔法剣が何らかの魔法が込められた物、
魔力剣は魔力で刃を成す剣、
そして、私の様に意志を持つ剣が魔剣と呼ばれるのです。
分かりましたか?』
「でも、それは分類だろぉ。
見分けについてはどうなんだよ?」
珍しくシュウナがしっかりと話しを聞いていたと思えば、希にみる鋭い質問を魔剣に投げかけた。
その表情は自身に満ち、瞳は何処か挑発するような光を秘めていた。
『え……それは、その……』
魔剣が口ごもった瞬間、シュウナは台座に飛び乗り、魔剣の柄を力一杯引き上げた。
『な、何をするんですか!
先刻、順番があると言ったではありませんか!』
再び魔剣は刀身を揺らし、引き抜かれまいと必死に抵抗を始めた。
「やかましい!
魔剣が問答に負けたら勝った奴の物になるってのが相場なんだよぉ!」
『あ、そうなんですか?』
瞬間、揺れが止み、これを好機とシュウナは魔剣を引き抜いた。
『ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
再び、刀身を揺らすが後の祭、魔剣の嘆きがシュウナの頭に響くのみであった。
『あぁぁぁっ、なんて事なんでしょう!
自己紹介もしないまま、引き抜かれるなんて最低ですっ!
私の経験が少ないからって、出来て間もないからってぇ!』
「うるせぇ!
自己紹介がそんなにしてぇならさっさと始めな!
し・ず・か・に・な!」
この時、シュウナは魔剣の口走った、いや口を滑らせた言葉を聞き、勝ち誇った様な満面の笑みを浮かべた。
この、知ったかぶりの無知な魔剣は使える。そう、ふんだのだ。
だが、話しは思わぬ方向へと進み出すのだった。
この、自己紹介によって……
『うぅ……
わ、私の名は……アリシア。
プリンセス・アリシアです。』
「うそ……」


「姫が偽者……」
黒のフォースは信じられないと言うような素振りを見せ、一、二歩後ずさった。
「そう、偽者…」
陽炎の様に揺れる身体を広間の中央に映し出し、アレクは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
自分を馬鹿にした女へのささやかな復讐の余韻にひたっているのだ。
そして、ここでフォースへの死刑宣告を下した。
「ノヴァ君……君の仕事だ。
フォースを殺せ。」
言うと、アレクの映し出された身体は霧散し、光の粒となって消えていった。
「どうやら、オマエの言う『義務』ができた。」
二人の会話に傍観者を決め込んでいた彼女、ノヴァはゆっくりとフォースに歩み寄り、剣を構える。
対して、フォースは対峙もせず大きく伸びをしていた。
「つっかれたぁ~!
やっぱり、ボクにはお芝居は向かないね。
肩がこって仕方ないよ。」
「なら、肩を吹き飛ばしたらどうだ?」
ノヴァは更に一歩、構えられた剣の切っ先を向け歩み寄る。
「へぇ、オバサンにも皮肉の一つは言えるんだ。」
言って、フォースが手を下ろした瞬間、ノヴァがフォースの間合いに踏み込んだ!
ノヴァの剣は一直線に振り下ろされ、フォースの頭部めがけて襲い来る。
しかし、フォースは半歩後退しノヴァの第一撃を回避すると、二歩踏み込んで左肘を突き出した。
ノヴァは剣を持ったままだと腕を上げる事が出来ずガード不能と判断し、剣を捨て両腕を交差させて突き上げる。
ノヴァの腕によりフォースの肘は軌道を外れ、額をかすめたのみだった。
フォースは肘が外れた事を知ると、突き上げられた衝撃を利用し、瞬時に後退を試みようと下半身に力を込める。
しかし、いつの間に手をかえしたのか、ノヴァに左の手首と肘を掴まれた。
フォースは反射的に胸を反り腕を外に引くと同時に、次に起きる事を予想し、後悔した。
ノヴァはそのまま腕を掴みながら前に踏み込んだ。
同時に響く鈍い音。
左肩を突き抜ける激痛。
「うあぁ、ああぁあっ……」
肩の関節を外されたフォースは、初めて知る激痛に身体中の汗腺が開き、冷たい汗と共に吐き気がこみ上げてきた。
ノヴァは戒めを解き、フォースを突き飛ばす。
「これで、『あいこ』だ。」
解き放たれたフォースにその言葉が届たのかは定かではないが、自分の背後にある宝剣の間への扉の方へと移動した。
そう、文字どおり二、三度転がる様に。
「肩、を吹き飛ばしたから……外したの、かい?」
「そう言った。」
「ごめ、んよ。聞、いてなかっ、た。」
痛みを堪え、ただ地虫の様に這いつくばう事しか出来ないフォースに止めを刺すべく、ノヴァはフォースの眼前まで歩み寄った。
『死ぬ?ボク、殺されるの?
……そんな事無いよね。あるわけないよ。』
フォースの意識が現実を拒否したとき、思わぬ好機が訪れた。
「おい、大丈夫かぁ?」
シュウナである。
シュウナの突然の出現により、ノヴァはフォースの止めを刺す事を諦め、間合いをとった。
フォースは自分を抱き起こしてくれたシュウナに訊ねる。
「剣、は?」
突き抜けた痛みのせいで、いまだ途切れ途切れな言葉しか発する事が出来ずにいた。
「やかましいお姫様なら、ここだ。」
『やかましいとは何です。
失礼です。謝りなさい。』
「さっきからこの調子だ。
にしても、無茶な女だなぁ。相手も化け物女だけどなよぉ。」
痛みを堪えた引きつった笑い声をあげ、フォースはゆっくりと立ち上がった。
「持っててくれよ。」
言って、フォースは右手で左腕をシュウナの肩に置くと、シュウナは訳も分からずフォースの手首を掴んだ。
フォースは腰を落とす様な仕草で、肩関節をゼロポジションと呼ばれる位置まで動かした。
見た目は『反省』をしているように見えるが、外れた肩の関節を自然にはめるには最も有効で、関節を砕かない安全な方法なのだ。
当然、すんなりとフォースの肩関節ははまり、痛みの残った肩を抱く様に左腕で抱え込んだ。
「随分悠長だな。」
突然の言葉に、二人は首だけ動かしノヴァを見た。
「オバサンは優しいからね。」
言うと、フォースは跳躍し、ノヴァの背後を取ったと同時に当て身を喰らわせた。
思わぬ背後からの攻撃にたたらを踏んだノヴァは、バランスを保つのに精一杯でフォースの更なる攻撃に反応出来なかった。
「随分な事をしてくれる……」
「ボクは意地悪だからね……」
フォースはノヴァを羽交い締めにした。
ここ一番という場面でいつもノヴァが頼った能力-自らの体内に融合させた武器を排出する力-を防ぐためであろう。
更に、ノヴァの両腕を引き離す様に、強く両腕を組んだ。
「シュウナ!
右手は離した。君が攻撃するんだ!」
フォースの叫びに、シュウナは弾かれたように駆け出し、剣を振り上げた。
「姫さんよぉ!今は黙って、剣でいなぁっ!」
『仕方無いです。勝手にして下さい。』
「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
シュウナの初めて見せる真剣な表情と、猛きほう咆哮。
だが次の瞬間、この戦いを制したのはノヴァだった。
紅く、妖しい光を持つ幾重にも重なる剣、それがノヴァの背からフォースの身体を貫き現れたのだ。
「ぐ、はぁぅっ!」
フォースの口からは大量の血が吐き出され、ノヴァのまだ白銀色を残していた胸当てを真紅に染めた。
「あ、ぁぁっ……な、なんでだ!」
勢いを殺し、止まる事のできたシュウナは、パニックに陥りながらも間合いをとった。
「オマエの言う『化かし合い』、今度はあたしの勝ちだ。
あたしの能力は、右手から剣を出す力だとは一言も言ってない……」
ノヴァは白銀の翼をはためかせ、フォースを振り払った。
そう、ノヴァの背から現れた何本もの剣は、天使を思わせる翼のように、ゆっくりと動物的な動きを見せ、はた目には殺人の道具と思えぬ優雅さを持っていた。
「ま、まさ、か、隠し技、だなんて……」
更に血を吐きつつ、フォースは立ち上がろうとしたが、その足に力は入らず、片膝を突いてそのまま床に崩れた。
「別に隠してはいない。
オマエが勘違いしただけだ。」
「そ、それは、そう、だね……」
そこまで言うと、フォースの意識は闇にのまれた。
「くそっ!
どうすりゃいいんだ!」
『まったく。私を振るうなら、もう少し丁寧な言葉を使って欲しいです。』
シュウナとアリシアの発展性が皆無な会話を後目に、ノヴァはかつて感じたささやかな疑問の答を求めていた。
右の腕より一本の剣を出現させた。
いや、湾曲した刀身を持つそれは、南方に位置する龍国で製造される、世界で最も斬れ味が高いと噂される刀であった。
そして、ノヴァはゆっくりフォースに歩み寄ると、黒い衣ごと謎のヴェールを斬り裂いた。
「本当に、ただの女か……」
黒い衣の中より現れたのは、発達した肢体をハッキリと際立たせるウェットスーツに身を包んだ一人の少女であった。
中身が女と知ると、興味を失った様に裂けたマスクとゴーグルを外そうともせず、そのままシュウナを向いた。
「次はオマエだ。」
「あ?」
シュウナはアリシアとの会話に夢中になっており、フォースの衣が裂かれた事に気付いていなかった。
同時に、ノヴァがすぐ眼前まで迫っている事にも……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴にも似た声を上げ、シュウナはただやみくもに剣を振るう。
しかし、そんな攻撃がノヴァに当たる筈もなく、虚しく空を斬り続けるのみであった。
『ちょっと、落ち着くのです。
私の力を持ってすれば、あんな化け物女はイチコロです!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シュウナにはアリシアの声すら届いていなかった。
今、シュウナは最大の恐怖を前に、『自分一人しかいない』、『頼れる者がいない』、その孤独が恐怖に追い討ちをし、剣が虚ろを舞う毎にシュウナの心が殺ぎ落とされていった。
『死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んでしまう!
俺が消える。自分がなくなる。
死ぬのは嫌だ!
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
イヤダ…』
「わ、わた、私は……」
シュウナの口からは悲鳴が消え、代わりに呟きが漏れ始めていた。
『しっかりなさい!
私が無事なうちは、貴方は死にません。
気付いて、シライア!』
アリシアの必死の呼びかけも届かず、シュウナは縦に振り下ろしたのを最後に動かなくなった。
「恐れるな……
死は人に与えられた最後の権利なのだから……」
自嘲気味な呟きとともに、ノヴァは右手に力を込め、刀を振り上げた。
「う……」
ノヴァはシュウナの呟きに興味は無かった。
かつて、気まぐれで助けた事もあったが、今はどうでも良くなっていた。
そう、一瞬だった。
『あたしには、何もない……』
そう思った瞬間、シュウナが剣を突き上げてきたのだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
剣は自ら飛び出る様に猛り、ノヴァの左胸に突き刺さった。
「残念だったな…」
シュウナは蒼白な顔でノヴァを見上げたが、ノヴァの表情は変わる事無く、いつもの冷たい瞳でシュウナを見下した。
「あぁ、残念だったな。」
シュウナは言葉の意味を理解できずにいた。
しかし、ノヴァの瞳から目を下ろし、シュウナ自らがつけた傷口を見たとき全てを理解した。
血の一滴も流れていないその傷口は、ノヴァが左手でアリシアの刀身に触れたとき、虫が這うような動きを見せ、剣ごと左肩に移動した。
「うわぁぁぁっ!」
シュウナは剣を離し、後ろへと飛び退いた。
その表情は、蒼白を超え、既に死人のそれへと変わっていった。
ノヴァは左手に剣を伝わせ、持ち主がいなくなった柄をそっと握りしめる。
ノヴァの左腕、その内側が刀身にぴったりと密着した瞬間、剣はとけ込むようにノヴァの左腕となった。
沈黙…
静止した空間は沈黙を生み出し、沈黙はシュウナに恐怖の闇を呼び覚まさせた。
「…………!」
声にならない悲鳴が口から抜け出し、思い出した様に荒く息を吸い込むその顔は、恐怖の色しか見て取れなかった。
「オマエは人の死を全うできる。」
ノヴァは再び右の刀を振り上げ……
「素晴らしい事だ。」
言うと、刀を真っ直ぐ振り下ろし、事は起こった。


《4》

シュウナが最後の刻を迎えようと言う同時刻、彼らの直上に位置する王の間でも転機を迎えていた。
反乱組織のアリシア救出部隊はまんまと姫を救出したかに思っていたのだが、いつの間にかアレクザードの座する王の間へと導かれていた。
そして、今ここに反乱組織の生き残りと目される女性、マリーム=カフは一人の少女と対峙していた。
「何をしている!貴様、姫の影であろう!
それが何故、こんな事をするっ!」
そう、少女とは姫の影をつとめていた者であった。
そして、その少女はマリームを残した全ての反乱者を一撃の元に地に沈めていた。
「そうね、まぁ時期が来たから、って事では納得しないかしら?」
アリシアの姿をした少女は腰に手を当て、そっけなく答えた。
「時期、とはどう言う事だ!」
怒りと平静が同居したマリームは、怒りを抑えて影の少女を問いただした。
「明日がママの結婚式なのよ。」
次の瞬間、少女はマリームの間合い深くに踏み込み、握り込んだ拳をみぞおちにめり込ませた。
「くは……」
たまらず、マリームは少女に身体を預ける様に倒れ込んだ。
「そのまま眠ってなさい。
起きたら貴女を殺さなくてはならない……」
ほんの一時、重なり合った状態の時に発せられた少女の声は、マリームにのみ聞こえていた。
『どう言う事?』
マリームは疑問を抱えたまま、意識が闇へと落ちた。
「素晴らしいな。
ベル君、と言ったね。君も新人ながら良く頑張ってくれた。」
一部始終を壇上の王座から見下していたアレクは、心にもないねぎらいの言葉を少女ベルにかけた。
それを知っているのか、ベルの方も『どうも』とそっけない返事を返すのみだった。
そんなベルにアレクは気を害すると思いきや、先刻のフォースに絶望を与えた時の余韻に浸り、ニヤニヤと薄笑いを浮かべているのだった。
今のアレクには、ベルの返事など些細な事であった。
「今頃は、ノヴァ君が全てを片付けているだろうな……」
薄笑いは次第に声が混じり始め、高笑いとなり王の間に木霊した。


「あ、あ、あ、あ、あっ!」
魔剣アリシアを吸収したノヴァは左腕を掴み、急に苦しみだした。
今まで誰にも見せた事の無い、苦悶の表情であった。
そして、事は起こった。
ノヴァの全身から一斉に出現したのだ。
何本も、何本も、何本も……
一体、ノヴァの身体には何本の剣が融合しているのか。
無限にも思える数の剣は、ノヴァの体表と言う体表全てから世界全ての方位を指す様に突き出していった。
突き出すだけならまだ良かったのだろう。
出現した剣の全てが脈打ち、命を持った一個の生命体の様にバラバラに動き始めたのだ。
「何なんだよ、一体ぃ……」
ノヴァの悲鳴により幾分平静を取り戻したシュウナは、今の状況を理解できず、動くモノに襲いかかる仕草を見せる剣を避ける様に壁まで後退していた。
だが、この場において最も状況を理解できていない者がいた。
『あたしは……どうしたんだ?』
剣を身体に纏った者、ノヴァである。
『今までこんな事はなかった。
自分の能力には、皮肉な事だが自信を持っている。』
そんな二つの思いが、ある人物の最後のトラップを発動させたのだった。
「ホント、皮肉だね…」
なんと、地に臥していたフォースである。
「フォースぅ…」
シュウナは『フォースが生きていた』と言うより、『自分一人ではなかった』と言う事に腰が砕け、壁に背を預けてズルズルと座り込んだ。
うつ伏せであったフォースは上体を捻り、仰向けとなると言葉を続けた。
「オバサン、アリシアを吐き出す事をお勧めするよ。」
『何故だ!』
ノヴァの言葉は声にはならず、直接二人の頭に響いてきた。
「気付いてないのかい?
オバサンとローザは同じ身体で出来ているんだよ。」
『!』
「造られた、って言った方がいいのかな。」
その一言は、混乱したノヴァの頭にいつもの静けさを取り戻すのに十分であった。
そして、冷静になったノヴァは最も正しい選択をした。
「おおぉぉぉぉ…」
刹那、怒号の気合いとともに剣は勢いよく排出され、何もなかった広いだけの殺風景な広間に白銀のオブジェが出現したのだった。
それら全てを吐き出したノヴァ当人は、虚ろな瞳で広間の中央に降り立ち、一瞬の間の後、再び気合いを込め左腕を突き出した。
「あ、あぁ、あっ…」
ノヴァの顔はみるみる紅潮し、三度の声とともに突き出された左の掌から、先程とは対照的にゆっくりと回転し、ノヴァの体内に残された最後の一本、魔剣アリシアが現れ、乾いた音を響かせながら床に落ちた。
魔剣の排出に全精神力を使い尽くしたノヴァは、世界が歪むのを感じていた。
床の魔剣、フォース、壁にもたれるシュウナ、白銀の壁、天井の順にゆっくりと視線が動き、胸を突き出すように背中から倒れた。
同時に、ノヴァの全ての汗腺が開き、煮えるような汗が全身を濡らした。
『教えろ!ローザの事を教えろ!』
倒れたノヴァは言葉を発する力すら失われていた。
「どうやら気を失ったみたいだね。」
ようやく起きあがったフォースの第一声である。
しかし、シュウナはこのあっけらかんとした態度に激怒した。
「ざけんじゃねぇよ!
俺がどんな思いをして戦ってたのかわかってんのかぁ?」
「分かるわけないよ。」
即答され、シュウナの怒りは上昇の一途をたどっていたが、フォースの姿を、闇の衣の取り払われた姿を見たとき、フォースがおかしい事に気付いた。
「あんた、怪我は大丈夫なのかよ。」
そう、先刻ノヴァの攻撃を受け串刺しにされたはずなのに、破れた服の隙間より肌が覗くだけで血痕の一つも確認できなかった。
「傷は塞がったんだから心配する必要ないよ。」
言うと、フォースは不自然に残ったフードを無造作に脱ぎ捨てた。
すると、エメラルドの長い髪が弾む様に流れ落ちた。
「あんた、本当に女だったんだな…」
その姿を見たとき、シュウナは改めてフォースが女である事を認識した。
そして、プリンセス・アリシアに瓜二つである事も…
「そ、ボクは女さ。」
言うとフォースはシュウナに剣を拾うよう促すと、更に言葉を続けた。
「さあ、行くよ。」
「何処に?」
「王の間に…」
最後の言葉と同時、突然フォースはシュウナに飛びついてきた。
「わっ、何を…」
「ここに降りた時と同じ事をするだけさ。」
悪戯っぽく笑うとシュウナをしっかりと抱きしめ、輝く光の集束とともに二人は広間からかき消えた。
『あいつ、一体?』
白銀色の壁に塗り固められた広間にはノヴァ一人が残され、力尽きた彼女にはフォースに対する疑問を心に描く事しかできなかった。


《5》

弾かれる様に王座から立ち上がったアレクは、閃光とともに現れた二人に怒号をぶつけた。
「なんだ、貴様らぁ!」
二人、フォースとシュウナは背後からの怒声に振り返り、声の主を認めると同時に最終目的の遂行場所に着いた事を知った。
「やかましい!
これからテメェの命を貰ってやるんだぁ…
覚悟しなっ!」
人はこうも変わるものなのか。かつてのシュウナには決して吐けない台詞だった。
しかし、アレクの目はフォースを向いていた。
「まさか、プリンセス自ら私に会いに来てくれるとはね。」
「ボクはプリンセスじゃないよ。」
即答で否定され、アレクに先刻の怒りを助長させた。
「あの女、しくじりおって。」
吐き捨てるように言うと、アレクは怒りの収まらないまま王座に身を沈め、第三のA-K、ベルを前に出した。
「フォース君、君の言っていた『私と同等に渡り合える者』を倒した部下が相手をするそ うだ。
私と戦いたいなら、彼女を倒してからにしたまえ。」
アレクはフォースが絶望する様を見、再び心に平静を取り戻そうとした。
しかし、フォースはベルを一瞥しただけで絶望の欠片すら見せなかった。
「余裕の見せすぎだよ。ボクよりね。」
その言葉の意味がアレクには伝わらなかった。
唯の戯言と受け取り、内心嘲っていたのだ。『愚か者の気がふれた』と。
だが、対峙するフォースとベルの間に闇が生まれた次の瞬間、アレクは愚か者が自分であると悟った。代償として自らの人間性を失うほどに。
そう、生まれた闇は二人のアリシアを包み込み、再び小さな闇へと戻った時、彼女らの本性をさらけ出した。
二人はそっくり同じ顔をしていた。アレクにある人物を彷フツさせるエメラルドに輝く瞳。そして、ショートとロングの違いはあれど、燃えるような紅の髪。何よりその背に在る輝く天使の翼。
アレクには分かっていた。
自分の前に現れた二人が何者であるかを。
「ボクの名はフォース。
フォース=ウィルニーヌ=グランバード。」
『L-Ⅵ』と刺繍されたスーツを羽織った、白地の服にロングのストレートが映える少女が一歩踏み出す。
「あたしは、ベル=ウィルニーヌ=グランバード。」
『L-Ⅸ』と刺繍されたスーツを着込んだ、ショートヘアの少女も同じく踏み出す。
「父の命により…」
「反逆者、アレクザード=フォンフォーネルの処刑を行います。」
信じられないと言った表情を浮かべ、アレクは腰を浮かせていた。
「貴様達、レフトかっ…」
アレクの表情はは苦々しいものへと変わり、恐怖に、心の底から湧き出す恐れに身を震わせていた。
「フ、フォース?」
アレクと同様、シュウナも驚きのためにフォースの名を呼ぶ事しかできなかった。
この状況はシュウナのキャパシティをゆうに超え、理解不能な事態の傍観者でいる事で精一杯なのだ。
「馬鹿な!
グランバードだと?
貴様らの父だと?
馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!
ウィルザーは龍国に亡命した。いや、俺がさせてやったんだ!
それが、何故、レフトを差し向けられる。
対A-K暗殺部隊、Angel-Knights-Left。
貴様らは、ウィルザーをも襲ったではないか!」
アレクは目の前の恐怖を否定する要素を並び立て、自らの破綻しそうな精神をどうにか保とうとしていた。
しかし、フォースが投げかけた一言で、アレクの心の壁に穴が開いた。
「もし、オジサンの逃がしたウィルザーが偽者だったら?」
「そんな…
俺は、自らの墓をただひたすら掘っていたのか?
……なぁ、教えてくれ。
俺は何処で間違った?」
震えながら一歩一歩迫り、懇願してくるアレクに、ベルは光輝く剣を持って彼の胸を貫いた。
「A-Kになど、ならなければ良かったのよ。」
慈悲も哀れみもない、抑揚の無い小さな呟きだった。
「俺は、何をしていたんだ……」
その言葉を最後に、Angel-Knightsが力を手にした代償を、アレクは払った。
貫かれた胸より激しい光が漏れ、アレクの身体を空へと引き上げていった。
光は全身を覆い、やがてゆっくりと光量が落ちてゆき、全ての光がアレクだった肉体の頭上に光輪を浮かび上がらせた。
今、ここに、前史民族である天使の一人、大天使ラファエルが降臨した。
『我、天界の外科医にして生命の樹の守護者、大天使ラファエル。
輝ける栄光は永遠に、人の血肉を形作る鋳型なり。』
頭に直接響く優しげな声を残し、ラファエルは天へと上昇していった。
「任務完了だね。」
「えぇ…」
彼の姿が消える様を見上げながら、二人の天使はそっと呟いたのだった……


「仲間同士で殺し合いかよ。
やるなら自分の国でやれよな!」
叫ぶシュウナの声は明らかに怒声である事が聞いてとれる。
無理もない事である。
今まで意志を同じくする同郷の者と思っていただけに、ウェンデル人である特徴とも言える赤毛と深緑の瞳を見せつけられては仕方の無い事であった。
が、フォースに助けられた事実が頭をよぎり、シュウナは声のトーンを落として二人に問うた。
「で、本当のお姫様は何処なんだよ。
まさか、この剣じゃねえだろ。」
刀身を下に向け、指さしながら更に続ける。
「はやく連れて来た方がいいんじゃねぇのか?
マリームの姐さんが目ぇ覚ますと厄介だぜ。」
シュウナはシュウナ自身、不審の欠片も湧かない事を不思議に思っていた。
確かにアレクを倒してはくれた。しかし、それでも二人はこの国を侵略しようとした騎士団の一員なのだ。
悪名高い、世界最強をうたい文句にするAngel-Knights=A-K…
であるのに、シュウナは絶対の信頼と安らぎを感じていた。
『この二人には、何度も助けられた気がする……
何故だ?』
シュウナはその思いを心に描いたとき、フォースの口から一つの真実が語られたのだった。
「プリンセス・アリシアはここにいるよ。
心も、身体も…」
「心も、身体も?
まるで、二つが分かれてる様な言い方じゃねぇか。」
シュウナの疑問に対する回答は語られず、二人が二人を見つめている事で返答してきた。
「どう言う事だ?
何で、俺達を見ているんだよ。」
多分、無意識の内であったのだろう。
シュウナは、自らフォースの言葉を肯定していた。
「心は、宝剣に。肉体は…」
フォースは一瞬迷った。
彼女自身、言うべき事だとは分かっている。
でも、彼女には言えなかった。
「シュウナ。アナタ、女なのよ。」
しかし、迷ったフォースを後目に掛け、ベルが先を続けていた。
「女?俺がぁ?」
すっとんきょうな声を上げ、次の瞬間にはアレク張りの高笑いが静かな空間に木霊した。
「冗ぉ談じゃねぇ!
俺の、ど・こ・が、女なんだよ!」
高笑いが止むと、シュウナは怒声張り上げ、拳を突き出した。
「あたし達を見てたでしょ。
人の姿なんて、どうにでもなるのよ。」
言うと、ベルは小さく呪文を唱えた。
刹那、先刻二人を覆ったのと同様の闇が生まれ、シュウナの体表全てを闇色へと変色させ、身体が膨れると同時に弾けた。
すると、弾け飛んだ闇は空間の一点に集まり、漆黒の腕輪を形作ると真っ直ぐ床に落ち、乾いた音を響かせた。
「これは…」
シュウナは落ちた腕輪を拾い上げようと手を伸ばしたとき、自分の身体に起きた事態に気付いた。
女性的なふくよかさを兼ね備えた華奢な腕。
先刻まで何度も頭の中に響いていたものと同じ澄んだ声。
「俺は……」
いつの間にか変化した細い腕をまじまじと見つめ、肩を震わせながらフォースに振り向いあた。
すると何処から取り出したのか、シュウナの全身を映し出す大きな鏡が置かれていた。
「んな、馬鹿な!
魔法だ、魔法に決まってる!」
シュウナは大鏡に映し出された自分の姿、プリンセス・アリシアの顔を持つ自分の姿を否定した。
「そう、魔法だよ。
今までの、シュウナと言う存在全てが魔法で造られたものなんだ。」
静かに語るフォースに、先程の迷いはなかった。
「嘘だ!」
自分と言う存在を否定されたシュウナには、現実を否定するしか道がなかった。
「君の身体は、プリンセス・アリシアなんだ。」
「嘘だ!」
「そして、君の本当の肉体はその手に握られている。」
「え……」
フォースの言葉にシュウナの心は止まり、同時に否定の心が少しずつ萎えていった。
「あたし達は、アナタの要求をのんだのよ。
アナタは王国を護りたい。そう、言ったわ。」
「俺が?」
シュウナは分からなかった。理解できなかった。
シュウナ自身、身に覚えの無い事なのだから。
「元に戻れば分かる事よ。」
言うと、ベルはシュウナの額に掌を当て、そっと瞼の上に移動させ目を閉じさせた。
「次に目を覚ましたときには、全てを思い出しているわ。
そう、全てを、ね。」
この日、プリンセス・アリシアの救出劇は王都を駆け巡り、反乱組織『堕天使の翼』の面々は一躍英雄へと祭り上げられた。
しかし、そこにはシュウナと呼ばれた少年の姿はなく、代わりに一振りの荘厳な雰囲気を放つ魔剣が、クイーンとなったアリシアの側にたたずんでいた。
これから先、二人は主従以上の信頼を持って運命の渦に飛び込む事だろう。
その先に崩壊する世界が待っていようとも……


エピローグ

「オバサン!オバサン!」
仰向けに臥するノヴァをのぞき込む様に、フォースは広間に降り立った。
「この人が、あたし達の?」
同じく、ベルもフォースと向き合う様に降り立つと、ノヴァをのぞき込んだ。
「うぅ…」
朦朧とする意識の中、ノヴァは思った。
『こいつら…
あたしの命を取りに来たのか?
もう、どうでもいい…
結局、無駄だったんだ。』
力の尽きたノヴァは全てを諦め、自分が消える事を覚悟した。
しかし、そんなノヴァに発せられた言葉は意外なものであった。
「叔母さん、初めまして。
ウィルザーと弥生が七女、ベルです。
ローザを引き離してごめんなさい。
治療が済めば、会えるから…
それまで、待ってて下さい。」
ノヴァの意識は一瞬にして覚醒した。
しかし、身体が動かないのには変わり無く、瞼を開くのでさえ渾身の力が要るほどであった。
そして、ようやく開いたその目に飛び込んできたのは、A-Kを示す紋章と、所属を示す『L-Ⅸ』と言う文字であった。
『レフトのナンバーⅨ…』
その二つの文字をしっかりと心に刻み込んだとき、ノヴァの意識は途切れた。
「行こうか。」
「えぇ、帰りましょう。」
二人はノヴァの腕を片方ずつ抱え込み、輝く翼をはためかせた。
ゆっくりと宙に浮き、地上より離れた三人の姿は、『二人の天使に天界へと誘われる新たな天使候補』そんな神々しいものであった。

(第二話 『ロストプリンセス』 了)

 

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