【ANGELUS】第三話『栄光の行方』
闇の中に整然と並ぶ椅子の数々…
あたし……東 飛鳥はその真ん中の席に座っていた。
またルーの世界に呼び出されたのね…
『それは違います。』
思うや否や、あたしの頭に直接語りかけてくる。
ルシェールと名乗った、自称〈死神の総元締め〉
前に現れたときと同じく、長い金髪を後ろに束ね、ウィルザーが着ていた物と同じ白のスーツ姿。
顔の半分を覆うゴーグルは相変わらずだ。
『違うって、どういう事?』
漠然とした疑問を抱きながら、それがなにかを思い出せぬままルーに訊いた。
『ここは、貴女の夢の世界です。』
つまり、土足で人の家を踏みにじっているわけだ。
『相変わらず手厳しい…
まぁ、それが貴女の良い所かもしれませんが…』
ルーの言葉にあたしは顔が赤くなる感じがした。
もっとも、ここが夢の世界なら身体がないはずなのだが。
そして、相手に考えが筒抜けなのを忘れ、つい強がってしまう。
『いったい今度は何を見せる気なのよ!』
あたしは言った後でそのことを思い出し、身体があったら地団太を踏みたい気分になった。
多分、このあたしが感情をぶつける唯一の相手は、この夢の住人かもしれない。
『まぁ、落ち着いてください。』
まったく、原因はあなたじゃない!
『そうですね…
いつも気を張っている貴女が、ストレスを解消できる唯一の場です。
私はいつでも付き合いますよ。』
そこまで言うと、ルーは少し間を置き、本題に入った。
『貴女が知りたいと思っているA-Kの事を少しだけ教えてあげますよ。』
そう、あたしが姉の〈龍神 弥生〉になりすまして入城した龍王城は、ウェンデル国の最強の騎士団、Angel-Knights=A-Kの襲撃をうけていた。
彼らの目的は、思想の違える民族の排斥。
その後に来る彼らの王の世界支配。
月並みな目的だが、あたし達に対する攻撃は熾烈を極めた。
世界に轟いた龍牙衆が全滅してしまったものの、元A-K総司令ウィルザーの機転で一人を地下に幽閉することができた。
もっとも、一人は仲間らしき人物に暗殺されてしまったが…
暗殺した人物も謎。
光輝剣でしか砕けないはずのマテリアルを砕いた方法も謎。
殺された後に起きた現象も謎。
謎だらけで仕方無かったその答が得られるのか?
『いいえ、まだ全てを語るには時期が早過ぎます。』
時期が早い?
何が早いというのだ?
真実を知るのには時間が要るということなのか?
相も変わらず疑問だけが口を突いて出てくる。
そんなあたしを見て、ルーはゴーグルを外し、微笑みながら言った。
『現実は物語のように常にハッピーエンドになるとは限らないのですよ…』
しかし、言い終わった彼の表情は今にも自殺してしまいそうな、悲しく、辛いものだった。
Angel-Knights
神歴0999 栄光の行方
****************************************
《1》
あたしは今、自分の夢の中にいるらしい。
真っ暗で、客席にはあたしとルー以外は誰もいない、寂しげな劇場だった。
ルーは以前もあたしに過去の世界を舞台で見せてくれた。
今度は何を見せてくれるのか…
あたしはひとまず質問を後に取っておいて、舞台に集中しようと思っていた。
前回は劇の途中で何度もルーに質問をしたため、あたしに過去を見せた真意を推測できなかった。
本当にA-Kの事を見せてくれるのか…
『始まりです。』
ルーの一言とともに、二人しか居ない劇場に開演のベルが鳴り響く。
人が少なすぎるためか、それは耳を聾するほど激しく感じた。
その音に眉をしかめながらも舞台を見ていると、それが舞台とは全く異なる物と気付いた。
幕は上にでは無く、中心から両端に引いて行き、そこに現れたのは闇の壁だった。
これは…
つい訊ねそうになり、慌てて口を噤むが、心の垣根が失われたこの世界では意味もなく、ルーは優しく教えてくれた。
彼が言うには、ここは〈映画館〉と言う場所らしく、〈スクリーン〉と言う純白の壁に、あらかじめ撮っておいた絵を連続して映し、劇が見れると言うのだ。
半信半疑で目の前の闇を見つめると、背後でカタカタと規則正しい音が聞こえてきた。
一瞬、後ろに気が取られた間に、目の前の闇が白く輝いていた。
しかし、その光はあたしの視力を奪うような激しい閃光とは違い、辺りの闇に、適度にあった明るさだった。
「まさか、リリィが返り討ちたぁな…
まぁ、ボケ二人組にはいいザマだぜ!」
その台詞とともに、スクリーンに一人の男が映し出された。
歳の頃なら18・9、無造作にのばされた髪は鉢金で押さえられ、額には被っていない。
そして、ゴーグル。
あの妙なゴーグルは何なんだ?
A-Kで流行っているのか?
その男は、本気で仲間をいい気味だと思っているのだろう。
口を歪めて嫌らしい笑い声をあげる。
「やめろ、ディック!」
その彼を制したのは、顔の右半分を肩まで掛かる長い髪で覆い隠した鋭い、芯の通った眼差しを持つ女性だった。
二人はウィルザーと同じく、白と金が基調のスーツを着ていた。
「おいおい、バーバラさんよ。
戦場放棄して帰ってきたあんたに、そ~んなこと言えるのか?」
言うと、ディックと呼ばれた男は、再び下品な笑い声をあげる。
まったく、A-Kには根性のひねくれた様な男しか居ないのか!
思った刹那、隣の席が小刻みに揺れるのを感じた。
ルーが笑ってる…
しかも、肩を揺らして、だ…
声にならないようにと口を押さえているためか、その揺れが強く感じられた。
『いや、失礼…
やはり、貴女はおもしろい事を考える女性だと思いまして…』
あたしに気付いて慌てて取り繕う。
こんな仕草を見ると死の神とは思えないな…
思うと、あたしも吹き出しそうになった。
何だか…
こんなに素直に笑顔をつくれたのは久しぶりのような気がする。
再びルーを伺ったとき、彼と視線があってしまい、反射的に顔を背け、スクリーンに注意を向ける。
表面的にはいつもの厳しい表情に戻したのだが、この世界でのあたしは心に壁が作れない。
ルーに筒抜けなのだ。
何だか不公平に思い、無理とは知りつつも、ルーの心を覗こうとした。
そう、彼の心の入り口には常に見えない壁がある様に、中を伺い知る事は不可能であった。
それがどうした事か、その心の壁がなくなっていた。
これ以上進めば、あたしも他人の心を土足で踏みにじる事になる。
それが分かっていたはずなのに、他人にはそんな事をしたくないと思っていたのに、壁の中に一歩踏み込んでいた。
その中には…
あたしに対する謝罪と、何かに対する悔恨に満ち満ちていた。
何故あたしに謝るの?
思いはしたが、訊ねる事を阻ませる何かがあたしを思いとどまらせ、彼の心への介入を止めた。
『ありがとう、飛鳥……俺は…』
それだけ言うと表情を悟られまいと思ったのか、再びゴーグルをつけ、ルーは黙ってしまった。
あたしは彼の事が気になりつつも、映画を見る事にした。
どうやら、あたしがスクリーンに集中しているときだけ映画が映されるらしい。
とっくに別の場面が映っているのかと思えば、ディックがバーバラに嫌らしい笑い声を浴びせているところだった。
「反論はしない。
こればかりは私の責任だからな…」
言うとバーバラは固く拳を握りしめ、血が滴り落ちる。
しかし、その血は床につくことなく、赤い霧となり散っていった。
「まずは、ミリアンナ様とロシーヌ様に報告しよう…」
うなだれて部屋を出ようとするバーバラをディックが呼び止める。
「くっくっくっくっ…
見る影が無ぇなぁ!負けた言い訳は考えてあるのか?」
ディックはバーバラを挑発するが、彼女は取り合わず、静かに呟いた。
「そんなことで落ち込んでいるんじゃない…
ウィルザー様が敵になった…
それが悲しいんだ。
………私も連れて行って欲しかった。」
それを聞いたディックは眉間にしわを寄せ、誰に言うでもなく、怒りまかせに怒鳴りつけた。
「ミリィも、ロシーヌのねぇちゃんも、あんな野郎のどこがいいんだ!
あんな人殺し野郎!
自分勝手な傲慢な男が!」
嫉妬と言う表現では余りある憎しみ、それを一つの絵画であるように、整然並べられた高価そうな調度品にぶつける。
その様は怒りに翻弄される戦士、狂戦士そのものであった。
この男…
異常だ…
異常なまでの憎悪…
何故?何がこの男を憎しみに駆り立てるの?
あたしは先刻決めた事をすでに忘れ、疑問を口にしていた。
慌てて口を塞ぐも、ルーにはすでに聞こえていた。
彼は始めに『それが貴女のいいところですからね』と優しく微笑みかけ、あたしに答えてくれた。
『彼の母はマテリアル融合実験の被験者で、実験に失敗しています。
彼女の真意を知ればあんな憎しみを持つ事はなかったのですが…』
それ以上は何も答えてくれなかった。
彼の言う事は常に肝心な部分が隠され、今まで与えられた情報に共通点が、接合点が見つからなかった。
仕方無く、再びA-Kの傍観者となった。
まだ暴れるディックのもとに、司祭のローブに身を包んだ、あまりにも幼い顔の女性…いや、女の子と言った方が適切かも知れない。
その彼女が現れた。
「マ~タァ、怒ってますネ。」
それに、やかましいと吼えるディック。
そう、おそらく彼女もA-K…
そういえば先日ウィルザーが言っていた。
自らが戦う事に向かない、他人を活かすA-K
確か名前は〈マリア〉…
「ディックサンの言う事はもっともデス!
大体ですネェ~、ワタクシを連れて行かないからそんな事になるのデス!
全くぅ~何のための回復役デスか!
皆サン自惚れ過ぎなんデス!
ディックサン!
どうせ、次に行くつもりなんでショウ!
ワタクシを連れて行きなサイ!
アナタを間違いなく勝たせてさしあげマス……って、ディックサン!
聞いてるんデスか?」
勢いよくまくしたてる彼女に、ディックは一言「うるせぇマリア」と怒鳴って、彼が荒らした部屋を後にした。
「あ、待ちなサイ!ディックサン!
モット、ワタクシとお話ししなサイ!」
しかし彼女が呼び止める声も聞かず、彼は明かりの無い、闇の通路に消えて行った。
「ぶゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
頬を膨らますマリアと呼ばれたA-Kは、本当に女の子のようであった。
かなり高位の司祭だろうから、見た目より歳が上だと思うのだが…
次の瞬間、スクリーンが真っ白になっていた。
どうした事かとルーの方を向くと、彼はゴーグル越しに微笑みかけ、そして言った。
『ひとまず、質問にお答えしますよ。』
あたしはまた、反射的に顔を背けそうになったが、どうにかそれを思いとどまり、一つの疑問をぶつけた。
これは、いつの話しなの?
と…
『リアルタイムです。』
りあるたいむ?
『たった今、起こっている事実です。
多分、あの男の事ですから…
貴女が目を覚ました頃に現れるでしょう。
しかもウィルザーに対する決闘、と言う形で…』
決闘…
今、ウィルザーは武器を失っている。
まだ、隠し技を持っていそうだけど……勝てるのか?
『無理でしょうね。』
あたしはルーの声に少し唸る。
やはりあたし達の能力を凌駕する彼は、唯一A-Kに対抗できる戦力だと思う。
その彼が勝てないディックという男はどんな戦いをするのか…
『彼は、ウィルザーに与えられた〈飛爪獣牙〉を両手に持つ、ウェンデルの武闘家です。 その武器は、彼の弱点である魔法を完全に絶ち、相手の対物理攻撃用魔法障壁を侵食、さらに、物理打撃力においてはウィルザーが造った武器のなかで最高です。』
最悪だ…
つまり、武器の無いウィルザーが頼みの綱とする魔法は効かず、ウィルザーのスーツの魔法障壁も役に立たない。その彼にしてくる攻撃はA-K最強…
トドメは打撃系の得意な武闘家の一撃…
落ち込むあたしに、ルーは対処法を教えてくれた。
もっとも、無理な話しだったが…
『大丈夫です。ウィルザーが出し惜しみしている光輝剣…
それさえ使えば問題ないですよ。
あれは、飛爪獣牙の対魔法攻撃用魔法障壁の魔力中和能力をはるかに超えていますから ね。』
無理よ…
光輝剣……はA-Kに奪われたの…
この時、あたしは〈ウィルザーの魔力剣〉が〈光輝剣〉と感じ、いいしれぬ不安に襲われた。
それを感じ取ってか、ルーはあたしの肩にそっと手を置いた。
その手は温かく、あたしから不安を拭い去ってくれるようであった。
あたしの夢の世界、そうルーが言っていた。
実際に肩に触れているわけではないのだろう。
しかし、それはとても心地よく、あたしは…
あたしは、現実世界で得られなかった感情に支配されつつあった。
『大丈夫、ここには二人だけです。
現実世界そのままに、強い女性を演じなくてもいいのですよ…』
そうかもしれない…
ルーは、あたしを飛鳥として接してくれる。
養父のように、あたしを戦略の駒としてではなく、
実父のように、あたしを弥生としてではなく、
ウィルザーのように、あたしを死んだ恋人としてではなく接してくれる。
あたしは、ディックの対策も忘れ、永遠にこの夢の世界を漂っていたいと思った。
あたしをあたしとして想ってくれる、ルシェールと一緒に…
しかし、次の瞬間、彼の手は離れていた。
『駄目です!
私達は今、夢の世界に居るのです。
夢は何時か醒め、現実という世界に否応無く引き戻される。』
でも…
『私に好意を持ってくれただけで嬉しいです。
現実世界で会ったとき、同じ想いを私に抱いてくれるのならば…
その時、一緒に生きていきましょう。』
でも、あたしは本当の貴方を知らない…
それに、現実世界に戻ると…
『夢から醒めれば大半は忘れるもの…仕方無いことですよ。』
そう、微笑んでくれるルーは、現実世界とは似ても似つかぬあたしを優しく包み込んでくれるようであった。
心地よさに微睡みながら、あたしはルーの言った事を思い出していた。
しかし、どうしても最後の言葉しか思い出せなかった。
『夢から醒めれば大半は忘れるもの…仕方無いですよ。』
そうか、だから彼は「現実世界で、同じ想いを抱いてくれるのなら」と言ったのか。
この、たった今、あたしが感じている感情…
忘れたくない!
そう、この時あたしは、初めて夢で起こった事を覚えていたい、現実を夢の続きにしたいと思った…
《2》
涙?
あたしは何故泣いている?
あたしが龍姫〈弥生〉として龍心の都に着いた初めての朝、あたしには豪勢すぎるベットに身を沈めながら目を覚ました。
シーツが濡れている。
そんなに大粒の涙を流す程、悲しい夢を見たのだろうか…
こんな姿を誰にも見せられない。
涙を拭って、控えている侍女達を呼んだ。
他人に服を着せてもらうと言うのは何だか変な気分だが、龍国の姫として生活しなければならないのだから仕方がないのだが…
されるままにドレスを着せてもらうあたしは、涙の事も気になり、仏頂面になっていた。
あたしの機嫌が悪い事に気付いた彼女達は、さわらぬ神に祟り無し、と言ったように、急ぎはするが丁寧に、ドレスを着せて出て行った。
彼女達と入れ替わるように、仮面をかぶった悠太郎が入ってくる。
そう、いつものように慌ただしく。
「何なの?貴方は!」
『もうちょっと、普通に入ってこれないの!』
ひとまず、悠太郎をたしなめた後、侍女達に聞こえないよう小声で話しかける。
それを聞いて、悠太郎も小声で答える。
『月だ!月が二つあるんだ!』
月?
二つ?
いったい何の事か…
確かに昨日は綺麗な満月だったが…
『気にいらねぇが、ウィルザーが呼んでいやがる!
早く来い!』
言うと、悠太郎はあたしの部屋を出て行った。
何だか嫌な予感がする。
昨日の今日だからと言って、A-Kが襲ってこないとは限らない。
それに何か忘れているような気がするし…
あたしは再び侍女達を呼び、動き易い軽装を持ってきてもらった。
念のため、対物理攻撃中和の効果を持つ呪符を上下衣の裏に縫いつけた。
手持ちの呪符は、何故か防御系の、特に物理攻撃に対する防御壁をつくるものを多く作っていた。
次の相手がどんな力を持っているのかも知らないのに…
そんな事をしている自分に苦笑しながら、剣を取り、あたしの部屋を後にした。
ウィルザーの部屋に向かう途中、昨日のA-K襲来の話しが囁かれていた。
実父の龍王は、国民に要らぬ心配はさせたくないと、王自身が襲われた部分を隠し、昨晩のうちにウェンデル国の襲来を公表した。
城門の火災は街に飛び火する事無く、心配するほどの事ではないとのことであった。
ただ、龍国最強の剣撃隊、〈龍牙衆〉の全滅は隠す事ができず、国民に不安と恐怖を抱かせる結果に至った。
まぁ、あたしの〈偽りの龍姫ぶり〉で、どうにか希望をもたせる事ができたのだが…
(本当にあったかは定かではないが)宣戦布告をうけ、周囲に緊迫が走っているなかの帰国だけに、あたしが希望の光に見えたのかも知れない。
もっとも、ただの山越えしかしていないし、本物には死なれて遺体すらない。
入城二日目にして味わう龍姫としての存在意義、責任、そんな物を感じていた。
でも、仕方無いか…
いや、仕方無いで済ませてはならない!
なら、何をすればいい…
自問自答し、いつの間にか小走りになっていた事に気付いたとき、ウィルザーの部屋の前に着いていた。
今はまず、月がどうしたのかを聞く、大した事がないのなら……ウィルザーに今の事を相談するか?
ちょっと前までは、あたしと同じ立場の人間だったのだから…
「弥生です、入りますよ!」
今は、礼儀がどうこう言う気にもなれず、ひとまず弥生と名乗り、彼の部屋の扉をくぐった。
「来たか…
ではウィルザー殿、話してくれ。」
仮面の養父は、あたしに顎を突き出すようにして無言で〈座れ〉と指示しながら、ウィルザーに話すよう促した。
「まず……全ての星々を隠す快晴の青空のなか、妖しくも儚い光を放つあれは、月ではない。
俺の記憶が正しいという前提の元に話させてもらえば、あれは〈球=セフィラー〉と呼 ばれる物だろう。いや、者と言った方がいいかもしれない。
なにせ、あれは天使の心そのもの、リリィの命で創られた球だからな。」
それじゃあ、彼女は…生きている?
「しかし、昨日のリリィを倒した時の状況を考えるとリリィとしての記憶はあっても、リ リィとしての人格はないだろう。
あの光の現象こそ人が永遠の命を得た瞬間!
マテリアルに封じられた前史民族〈天使〉に転生した光なのだろう…」
実の所、あたしはその話しについて行けないでいた。
月が二つ有るとか言っていたが、昨日見たときは美しい満月が一つ、大きく輝いていただけだったはずだ…
まさか、それが?
自分のなかで、今の説明を反芻するうち、ようやく分かってきていた。
端的に言ってしまえば〈倒したリリィがお月様になっちゃった〉と言う事だろう。
天使の魂を持つ球=セフィラーと言う名の月に…
「その天使がまた襲ってくる、なんてことはないだろうな!」
念を押すように言い寄る悠太郎に、ウィルザーはそれは無いとだけ言った。
しかし、その後に「が…」がついた。
「が…実際、あれがどういう意味を持つ者なのかは分からない。
生命の樹の根であるとか、精神の旅路の通過点であるとか…
諸説様々で確かな事は何も分からない。
ただ、A-Kを倒す度に増えていくだろうな。」
A-Kを全て倒したらどうなるのだろう…
情報が少なすぎる。
また、いつものように情報が〈点〉の状態だ。
いつになったら〈線〉になるのか気が焦るばかりであった。
そして、そんな不安に沈黙するあたし達の元に、最悪の報告が届いた。
「失礼します。」
息咳ききって一人の兵士が入ってくる。
「東 武蔵殿、不審人物の侵入を許してしまいました。おそらく…」
ウィルザーは〈早かったな〉と一言呟くと、部屋から出て行った。
あたし達は、それを慌てて追いかける。
ウィルザーの姿はいつもの白いスーツを着ているが、どうやら丸腰…
もし、本当にA-Kであったならどう戦うのか…
いや、違う。
彼の右手には刀身の無い、柄と装飾だけの部分となった剣が握られていた。
自らの魔力を刃と成す魔力剣……まだ、持っていたのか?
いや、ならば何故大だんびらなんかを使っていたんだ?
悩むより聞くのが早い。
珍しくも、あたしは素直に彼に訊いた。
「これは、マックスの持っていた〈衝波剣〉だ。」
破顔して説明し始めたところを見ると、どうやらこれも彼の作品のようだ。
「これは魔力剣と魔法剣の中間的な物で、振るだけで衝撃波を発生させる事が出来る。
威力が大きすぎるため、昨日のような状況では人質も殺しかねない。
それが、欠点と言えば欠点かも知れないが…」
自分で欠点を指摘しつつも、困ったような素振りを一向に見せない。
おそらく、自分の作品に対する絶対の自身…
以前、ウィルザーは言っていた。
A-Kは皆自信過剰な我が侭ぞろいだ、と…
今更ながら、ウィルザーにもそれが当てはまるのではないのか?と、あたしは思った。
そんな想いに駆られ、無意識にウィルザーの背中を追うようになっていたその時、修理中の城門から誰かが飛び出した。
歳の頃なら17、8……いや、もっと低いかもしれない。
幼さを主張したような優しい顔立ちの男の子。
鮮やかな赤毛は炎を思わせ、淡く光る緑の瞳は新緑さながらである。
なんだか、小さなウィルザーみたい…
思わずほころびそうになった口を、慌てて押さえる。
別に、彼と顔が似ているわけでもないのに、何故だろう…
あたし達と男の子が相対するなか、最初に口を開いたのはウィルザーだった。
「お前……誰だ?」
彼の言葉から、二つの事が考えられる。
一つはただの亡命してきた一市民。
もう一つは、A-K-L!
船上でウィルザーを四人がかりで襲い、弥生さんを死に追いやった〈対A-K暗殺集団〉!
前者ならいい。でも、後者なら……
あたし達に緊張が走るなか、その男の子は思いもよらぬことをいい、あたしに抱きついてきた。
「ママ!」
「はぁ?」
思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
「ね!ボクのママでしょ!そうでしょ!」
この時、ウィルザーと弥生さんの間に子供がいたんじゃ……と馬鹿な考えが浮かんだが、常識で考えろ!と、そんな考えを抱いた自分を自嘲するかのように乾いた笑みをつくった。
「わ……良かった!やっぱりママなんだね!」
どこをどう考えれば、自嘲の笑みが「そうよ、ママですよ」の笑みになるの?
困惑するあたしは、ひきつった笑みのまま、ウィルザーに助けを求めた。
「なんだ、お前の子か。」
なっっっ!
肩を揺らして笑ってる!
「母親が子供を置いて出てくるなど、母親失格だぞ。」
滅多に、いや、あたしが初めて耳にするウィルザーの冗談は、怒る気力が失せるほどに冗談ともつかないものだった。
そんなあたしの代わりに悠太郎がウィルザーに「そんなわけないだろう!」と怒鳴り散らし、それを無視された馬鹿が矛先を男の子に向ける。
「大体、テメェは何なんだ!……」
その言葉を皮切りに、どこから湧いてくるのか、悪口雑言の数々。
それを横から浴びせられた男の子は涙目になり、あたしの後ろに隠れると、またもやとんでもない事を言った。
「……おじさんなんか、キライだ!」
仮面をかぶっていなければ、間違いなく馬鹿が青筋をたてる様が見みれたろう。
「お、おじさんだとぉぉぉぉぉぉぉ!」
この子がA-Kならすばらしい精神攻撃だな……
馬鹿な事を考えていると、あたしが気付くより早く、悠太郎の拳がこの子の頭を打っていた。そう、悪戯っ子を叱る父親の様な素振りで……
もっとも、こんな馬鹿が父親になるとは思えないが……
「イタぁぁぁぁぁぁぃ!」
当然、今まで涙目なだけあって、この子の潤んだエメラルドグリーンの瞳から涙が溢れ出した。
「何馬鹿な事するのよ!」
いつものあたしに似ず、口早に怒鳴りつけた。
しかし、負けじと馬鹿が言い返す。
「馬鹿はどっちだ!このガキ、どう見たってウェンデル人じゃねぇか!」
たしかに赤毛と緑の瞳は、目に見えて明かなウェンデル人の特徴……
あたしの子供であるはずはない。
膠着状態に陥っていたあたし達の元に、先ほど報告に来た兵士が追いついてきた。
「あぁっ!貴様、龍姫様に何をする!」
この兵士の言動から考えると、どうやら不審人物はこの子の様だ。
あたしは他に不審人物が居ないかどうか、徹底した警備を行うよう言い含め、兵士を詰め所に行かせた。
文字どおり、追い払うように……
「さて、ひとまずウィルザーの部屋に戻りましょう。」
皆を促すが、腰にしがみついた男の子が動いてくれない。
また泣かれては困ると思い、優しく、優しく話しかけた。
「もう、泣いちゃダメよ……男の子でしょう。」
〈男なら泣いてはいけない〉、これはあたしが嫌いな事をこの子に押しつけている事になるのではないか?
〈女はおしとやかでなければならない〉と言う事を…
矛盾したあたしの言動は、自分の眉をひそめ、苦い表情をつくり、悲しい気分になるまで至った。
しかし、それが功を奏した。
「ゴメンネ、ママ。いつも悲しい思いをさせて…
逃げちゃダメなんだよね…
逃げちゃ、何も始まらないんだよね……」
言うと、突然走り出し、あたし達全員を追い越した。
「ママァ~!早く来ないと、ボク、先に行っちゃうよぉ!」
大の字になってブンブン両手を振る姿は、本当に子供だった……
でも……
「テメェ!俺達がどこに行くか知ってるのか?」
怒鳴る悠太郎に、男の子は身体を震わせ硬直する。
ひきつった笑顔を見ると、どうやら〈行く場所を知らない〉からではなく、〈殴ったおじさんが怒鳴った〉ためだろう。
男の子は身体と笑顔を震わせながらどうにか動かし……舌を出した。
「んべぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
そ、そっちのおじさんの部屋に行くんだよぉぉぉぉ!」
ウィルザーを指さし、言い放った。
その場所を知っているの?
と、あたしが訊きたい所だが、ためらう隙にウィルザーが別の事を訊ねていた。
「その前に、お前は誰なんだ?名前くらいは教えてほしいものだな。」
いつもの仏頂面に戻っている………これでは多分教えないだろうな。
しかし、あたしの予想に反し、男の子は素直に答えた。
あたしは、ちょっと騙されたような、子供をとられた様な変な気分になっていた。
「ボクは、ナラ=バクスプール=ツインスター。17歳だよ。」
17歳……あたしの二つ下?
ずいぶん振る舞いが幼いような……
あたしが年齢に驚いていると、ウィルザーが更に何かを訊ねた。
「お前……ジュドーの弟か?」
素直にナラがうなずく。
「にぃちゃんを知ってるんだ!」
「あぁ、俺の名はウィルザー。
ジュドーの親友だ。」
間を置かずに答えたウィルザーに、ナラは怪訝そうな表情を見せ、品定めをするようにウィルザーの周りをぐるぐると回り出す。
「うっそだぁ!だって、おじさん……強そうに見えないよ。」
ピタと止まったナラが、最初に発した言葉がそれだった。
「にぃちゃん言ってたぞ!
漆黒の闇の衣に包まれ、黄金色の輝きを放つ剣を携えた魔導剣士……
それが、ウィルザーだぞ!」
確かに、今のウィルザーは純白のスーツを着ているし、黄金色の剣なんか持っていない。
あたし達は、ナラが言った言葉につい、ウィルザーを見てしまう。
あたし、ナラ、悠太郎、武蔵の四人に一斉に視線を向けられるが、当のウィルザー本人は、いつもの仏頂面のままで、大して、いや、全然驚いた様子を見せなかった。
まるで、その質問がくるのを予想していたように。
「あの服は着ない………そう、弥生と約束したんだ。」
言うと、いつもとは違う表情を少しだけ見せたが、あたしは何も言えなかった。
「じゃぁ、光輝剣は?」
まだ信じられないと、ナラはしつこく食い下がる。
「あれは……奪われた。」
言うや否や、満面の笑みを浮かべて〈やっぱり弱い〉と言うナラ。
別に弱いわけではない。
あれは、弥生さんの墓標に立ててきたのだが、そこを訪れたA-Kに奪われたのだ。
どうやら、マックスとリリィが奪ったのではない様子だったが……
「ふ……
別に、もう反論するつもりはない。
実際、俺は弱いのだからな。」
そう言うと、足早に自分の部屋に戻っていった。
あたし達も追おうとすると、ナラがあたしを呼び止めた。
「大丈夫だよ、ママ!あんな泣き虫じゃなくて、ボクが護ってあげるよ!」
言って、再びあたし達を置いて先に行ってしまったナラは、純粋な天使を思わせる笑みを浮かべていた。
しかし、あたしはナラの言った事が気になっていた。
〈漆黒の闇の衣〉
〈光輝剣〉
そう、触れるべきではないと分かっていても、ウィルザーの過去に触れなければならないような気がした。
《3》
ルー!
ルー!
ルシェール!
夢の世界に入るや否や、ルーの事を呼び続けた。
不思議な事に、現実世界では全くと言っていいほど思い出せない彼の存在が、この世界では当たり前のように思い出せるのだ。
ルシェール!
あたしの願いが、この闇の世界に広がっていく。
おかしい!
いつもならルーから介入してくるのに……
刹那、あたしの眼前に光が集束する。
やっと来たわね……
光が人の姿を形作るのを待たず、光に向かって足早に近づいた。
どうしたのよ!
今日の貴方は随分と時間にだらしないじゃない。
あたしは腰を曲げてルーを睨みつけた……はずだった。
輝きがおさまり、そこに現れたのは小さな女の子だった。
誰?アナタ……
『フィニーだよ、おばさん!』
おば……
ま、まぁこの子にとって、あたしはオバサンには違いないけど……
『なら、それでいいじゃない!
オバサンは、オバサンだもん!』
あたしに反論する気力が無くなっていた。
悠太郎が、ナラにオジサンと言われた時の気分って、こんな感じだったのかな……
いや、あいつは馬鹿だから怒り任せか……
『それに、フィニーはまだ3ヶ月だモン!』
……3ヶ月の意味はよく分からないが。
まさか生まれて3ヶ月、ではないだろう。
自ら、フィニーと名乗った女の子は、10才位だろうか。
ルーを思い出させるような黄金色の髪は腰までとどき、大きく見開かれた円らな瞳は緑柱石の様な輝きを放っている。
どう見たって、3ヶ月には見えるわけない。
なんだか、ヘンな子ばかりに会う日ね、今日は……
思った次の瞬間、フィニーはとんでもない事を言ってきた。
『フィニー達7姉妹はね、生まれて3ヶ月しか経ってないモン!
それを、3ヶ月って言うんだよ!
……ひょっとして、オバサンってニブイの?』
この時、認めたくはないが悠太郎の気持ちが分かった気がした。
『あなたねぇ……人をからかうのもいい加減にしなさいよ!』
この時、初めて他人の意志に介入する術を身につけたのに気がついたが、同時に介入して怒鳴りつけた相手が年下の幼い女の子である事にも気付いた。
『……オバサン……怒った……』
あたしは今にも泣き出しそうな女の子を前に、どうしていいのか分からなかった。
『ごめんなさい……』
一言謝り、実体の無い身体で、同様のフィニーを抱いた。
『怒ってごめんなさい。でも、あたしには分からない事だらけなの……
イライラしているのね、自分の無知に……』
あたしは自分の無知に恐怖し、子供に当たった事を恥じた。
『ごめんなさい……』
例の如く、あたしの意志も筒抜けになっている事を忘れ、素直な気持ちをフィニーに読まれた事が良かったのか、悪かったのか……
この世界でも同じ台詞を聞くとは思わなかった。
『ママの匂いがする……』
本当にヘンな子に会う日ね……しかも、〈ママ〉か……
〈お母さん〉と言う意味だもんな……
あたしは……母親になるなんて事、一度も考えた事無かったのに……
あたしはそんな自分に対し、笑いがこみ上げてきていた。
別に大笑いするわけでもなく、ただ口元を綻ばせる程度であったが……
そんなあたしを見てか、フィニーは先ほど以上のとんでもない事をあたしに言った。
『ねぇ、オバサン……フィニー達のママになってよ!』
『えぇ!!』
あたしは絶句した!
『きっと大丈夫だよ!
カサンドラも、サラも、フォースも、フェイも、シックスも、ベルもきっと分かってく れるよ!
ママならママになれるよ!
……あり?』
とうとうあたしは、ママに格上げされたらしい。
でも、この子達のママになると言う事は、〈この子達の父親の妻になる〉と言う事だ。
いったい誰の…
あたしは魅了の術をかけられたように、この子の母親になってもいいと言う気持ちが膨らんできていた。
しかし、あたしの元来の性格、とでも言うのだろうか。
懐疑的になり、真実を知ろうとしてしまう。
それに、やっとある事に気付いた。
ルーの娘もフィニーで7人姉妹。
そしてこの子もフィニーで7人姉妹。
外見がかなり違うが、この世界での姿が現実世界での姿と一致するとは限らない。
ここは、夢の世界。
心の反映される、精神世界なのだから……
『アナタの父親は……ルーね!』
言うと、フィニーは大きくうなずき、満面の笑みを浮かべた。
フィニーがうなずいたのを確認した次の瞬間、あたしはフィニーに今までわだかまっていた事を矢継ぎ早に訊ねた。
『おしえて、光輝剣って何?漆黒の闇の衣も……
そもそもウィルザーって何者?昔は何をしていたの?
ルシェールもそうだし、天使そのものだって言う球=セフィラーって何なの?
A-Kの目的って、他民族の排斥だけなの?』
フィニーはあたしの無知への焦りに気付いたのだろう。
彼女は、情報に対する見返り、とんでもない要求をしてきた。
『ママになったら教えてあげる!』
彼女が何かを知っているとは限らない。
でも、少しでも情報を得たい。
動機は不純だが、彼女の要求をのんだ。
『やったぁ!』
フィニーはあたしの周りをバタバタと走り、止まったと思ったらあたしに抱きついてきた。
『きっと、みんな喜ぶよ!』
本当に、心の底から喜んでいる。
あたしの心を覗きもせずに……
そんな無邪気なフィニーを見て、あたしは質問を躊躇ってしまった。
『フィニー……』
彼女の頭を撫でているうち、フィニーが眠っているのに気付いた。
夢の世界で眠ると言うのもおかしいが、あたしは情報を聞き出せない事を仕方無いと思いはじめていた。
それに、〈ルーなら悪くない〉、そんな事まで思っていた。
ルシェール……
現実世界での彼を知らないし、そこで彼から介入してこない意志も見せていた。
『どんな人なのかな……』
ウィルザーの姿をした優しい眼差しを見せるルーを想いながら、無邪気な意志のぬくもりを抱いていた。
どのくらいの時が流れたのだろう。
この世界での時間の概念は現実世界に通用しない。
今感じた時間は、そのままであったり、一瞬の出来事であったり……
とにかく、あたしの感覚はあてにならない世界、と言う事だ。
でも、そんな事はどうでも良い事だった。
現実世界で忌み嫌っているあたしの行動、それが今のあたしにとってはとても心地よいものであり、ずっとこの世界にとどまり、仮面をかぶって生きていかなくてはならない現実世界に戻るのが嫌になりはじめていた。
『だめぇぇぇぇぇっ!』
突然のフィニーの介入により、あたしの思考を一時停止させられた。
『どうして?
ここにいれば、ずっとフィニーと一緒にいられるのよ。』
あたしは……夢の世界でこう表現するのはおかしいような気もするが……夢見心地のまま、フィニーを説得しようと優しく語りかけた。
『だめだよ……
パパが言ってたよ、この世界に長く居すぎると現在の自分を見失ってしまう、って……
だから、だめだよ……』
『自分を……見失う……現在の……自分……』
あたしはフィニーの言葉を噛みしめるように、ゆっくりと繰り返し呟いた。
しかし、あたしは……夢にのまれた。
《4》
飛鳥の様子がおかしい!
その情報が得られたのは〈ナラ〉が龍国に現れた次の日の事だ。
別にあの女がどうなろうと知った事ではない。
弥生と双子の妹であると言うだけで俺の気が変わるわけではない。
例え、弥生に扮していても、顔が同じであっても、弥生は弥生。
飛鳥ではない。
しかし、真っ先に疑われるのは俺とナラだ。
俺は、元A-K。
そして、ナラは親友の弟。
敵国、ウェンデルからの亡命者だ。
それだけで疑惑の対象になる。
ナラは既に飛鳥の元に走った。
しかし俺はどうしたものか……
迷う俺の元に、好都合な報告が舞い込んできた。
とうとう来たのだ。
A-Kが……
マックスから奪った……いや、返してもらった〈衝波剣〉と、リリィから返してもらった〈アークフレア〉を手に取り、正門に向かった。
正門に近づくにつれ、男の悲鳴が多く、大きくなってくる。
俺が正門についた時、龍爪衆の面々が一撃の元に打ち倒されている場面が目に飛び込んできた。
「ヒャハッ!弱い、弱いゼ!
それが、龍国体術隊龍爪衆の力かよ!」
相変わらず……嫌らしい笑い声をあげる。
A-K No.Ⅵ、ディック=フェニキシオ……
A-K唯一の格闘家、狂戦士ディックか……
思った刹那、笑い声が止まる。
俺に気付いたか……
「ウィルザァァァァァァァァッ!」
怒声をあげて俺に向かってくる。
今までと同じか……俺に向き合うとすぐ逆上する。
奴の母親を殺したのが俺だと思い込んでいるようだが、俺には全く身に覚えの無い事だ。
もっとも………俺の記憶が確かな物であると言う前提でだが。
ディックの両手には、盾と爪が一緒になっている〈飛爪獣牙〉、通称〈デストロイヤービースト(DB)〉が握られている。
ディックは両手を振って攻撃してくるが、怒りのために大振りとなり、難なく回避する事ができた。
「ぐはっ!!」
馬鹿な!
そう、左をかわした後の下から突き上げる二撃目を喰らったのだ。
不意討ちでもないディックの攻撃がかわせないなど……
そんなはずは……
身体が浮き、俺は後方に飛ばされた。
しかし、スーツの対物理魔法障壁が壁を砕きながらも、城壁の壁に叩きつけられる寸前に俺への衝撃を弱めてくれた。
ダメージは、奴に喰らった二撃目のみ……
問題ない……
「どうした、天才の英雄君!
俺の攻撃をかわせないほど腑抜けたか?」
そこまで言うと、再び嫌らしい笑い声をあげるディック。
俺はそれを受け流し、衝波剣を構える。
「腑抜けてられるか!
俺は………この国を護る!
護らねばならんのだ!」
効かぬと分かっていながらも、衝波剣を横に一閃し、圧縮された空気を放つ!
横一筋の大きな空気の刃がディックに向かい、高速で襲いかかる。
しかし、奴はDBを盾にして威力を相殺するだろう。
高い物理攻撃力を持つDBは、ディックの弱点である魔法を相殺する能力を持たせた。
奴に魔法は効かない。
魔力剣亜型である衝波剣も例外ではないのだ。
当然、ディックがDBを盾にした範囲のみ威力を殺がれ、そこを中心として消滅していった。
やはり無駄か……
思った刹那、消え行く風をまといディックが眼前に現れた!
馬鹿な!
奴は俺に相対するとすぐに逆上し、攻撃に隙ができる筈なのに……
再び右の一撃が下から俺の身体に深く突き刺さる!
「水月(みぞおち)かっ!」
俺は身体をくの字に曲げ、先ほど軽く腹に入れておいたものが逆流しそうになった!
「やっぱり腑抜けじゃねぇか……」
耳元で奴は呟き、そのまま後ろに飛び退く。
俺のマテリアルを痛覚鈍麻モードにしておかなかったのが悔やまれる。
久々に味わう痛みは俺の精神を削り取るようだ。
脂汗が流れ、大気に汗が冷やされ身体中の体温が急激に下がる。
「フン……
ガキでも最高司祭か……
俺に〈ウィルザーを前にしても落ち着け〉と説教しやがった。
おかげで、こんなにテメェをいたぶれるとはな……」
マリアが吹き込んだだけで憎しみが消せるかどうかは疑問だが、事実、奴は冷静だ……
まずいな……
これで奴の隙はないのと同じだ。
ひきかえ、俺の方はA-Kを憎みきっている。
こんな事を考えながらも、破壊の衝動がおさまらない。
俺は、痛覚鈍麻モードにするのも忘れ、ゆらり立ち上がる。
「いくゼ、英雄君!」
三度、ディックは連撃で襲いかかってくる。
俺の手持ちの武器は、〈衝波剣〉と、圧縮済みの〈アークフレア〉、奴に効かない〈魔法〉……
最後は、〈拳〉!
俺は素早く衝波剣を鞘に納め、両の拳を強く握りしめた。
マテリアル能力は同じだが、奴は武術に長けているうえ、武器を持っている。
戦力的、能力的不利は否めないが、俺は奴を倒す!
倒さなくてはならないのだ。
弥生のためにも……
奴の左腕を横薙に、俺の腹めがけて向かってくる。
それを一歩下がって回避する。
烈風が腹部をかすめ、俺のスーツに三筋の切り込みが入る。
だが、そんな事に構わず、奴の左腕のDBを俺の左腕でつかみ、左に流して奴のバランスを崩したと同時に裏拳を顔面に叩き込んでやった!
「うがっ!」
奴のかけていた魔眼を砕き、確実に物理ダメージを与えた!
しかし、素早く後ろに飛び退くと肝心な事に気付く。
奴もA-K、マテリアルの過剰再生能力で瞬時に傷も精神力も回復したのだ……
「くっ……」
……光輝剣を失ったのが悔やまれる。
俺は苦虫を噛み潰したような表情になる。
光輝剣の無い俺が……こんなに弱いとは思わなかった。
A-Kを制するには、やはり光輝剣が必要なのか……
ディックと相対しながら思い悩み、無意味な攻撃を躊躇っていた。
すると、何事もなかったように奴が語り出す。
「いいぜぇ~!
そうこなくっちゃぁ~復讐にならないからな!」
復讐?
確かに、奴が俺を憎んでいる事は知っていたが……
何の復讐だ?
「英雄君!
この国には丁度よく闘技場がある。
そこで決着を着けようじゃぁ~ねぇか!」
奴め……元来の自信過剰が出てきた。
光輝剣が使えない今、奴のマテリアルに直接吸精拳を打ち込み、精放符で封じる他無い。
「逃げる事は許さねぇぜ!
もっとも、死んだ女のためにそんな事はしないだろうがな!
……夕方、待ってるぜ。
次は光輝剣の出し惜しみをしないでくれよな!」
言うと、嫌らしい笑い声を上げ、翼も出さずにその場から飛び去った。
奴は俺に時間を与えた。
しかも、俺が光輝剣を失っている事に気付いていない。
もし、本当に冷静さを保って戦う事ができているなら、そのことを逆手に挑発も可能!
対ディックの装備を整えねば……
しかし……復讐とはいったい……
また、俺の記憶が操作されていると言うのか?
いや、そんなはずは……
前にも一度そう考えた事があったが、記憶を操る能力を持つ……いや、開発したのは俺だ。そんなはずはないのだ……
とにかく、装備を整えよう。
と、そこまで考えが至ったとき、ナラ達が現れた。
「どうしたの?オジサン……ボロボロだよ。」
「そうだぜ!テメェがここまでやられるなんて、龍とでも格闘したのか?」
ナラと悠太郎がまくしたてるなか、武蔵のみが静かに訊いてきた。
「A-Kが来たのか?」
俺は素直にうなずき、ひとまず飛鳥の事を訊いてみた。
「どんなに揺すっても、何をしても起きないのだ。
目を覚まさないのだよ……
死んだ様にな……」
ここまで聞いて、おそらく魔術的介入もなされたのだろうと思い、俺には無理だと言い残して部屋に戻った。
今、俺にとってはディックとの決闘の方が大事だ。
ドアのノブに手をかけ、回す。
音もなく扉は開き入ろうとするが、ふと立ち止まる。
弥生のためにも……決闘の方が大事……なのか?
飛鳥がいる弥生の部屋の方向を見やり、闇に向かって呟く。
「飛鳥は弥生ではない。だから護らなくていいのか?
復讐だけが弥生のためになるのか?」
俺自身が戦う意義を考えたとき、奴の言葉が脳裏をよぎる。
『死んだ女のためにそんな事はしないだろうがな!』
そうだ!
A-Kは倒しておかなくてはならない。
天に現れた球=セフィラーが何を意味するのかは分からないが、今はこの国を護り、ウェンデルの狂った思想を潰さねばならない。
それが、今の俺の最優先すべき使命だ。
そう自己完結させたとき、自分の思考と記憶に奇妙な引っかかりを感じたが、それを何かと考える事無く、ディックとの戦仕度を始めていた。
『奴は物理攻撃に長けている。
物理防御力を上げて戦うしかないのだが、奴の拳技は物理防御をものともしない。
……気休め程度にしかならないが……』
椅子にドッカと座り、右の手で顎をしごきながら俺は考えた。
今の手持ちの術には、相手の技を半減させるものがない。
「作るか……」
立ち上がり、この城の魔術研究所の位置を知るべく部屋を出た。
いかに天才とまで呼ばれた俺とはいえ、一つの新しい術を作るには時間がかかる。
ましてや期限は今日の夕刻。
気に入らないが、他人の手を多少なりとも借りるべきだと判断した。
ただ、問題はこの国の主な術が符術であること。
俺の使う魔術とは別物だ!
このマルクトと呼ばれる世界にある魔法は、三種に分類される。
天使や神の力を借りる〈神聖魔法〉。
地の底に封じられた墜ちた天使、一般に魔王と呼ばれる者から力を借りる〈暗黒魔術〉。
大地に生をうけ、光にも闇にもなれる存在、弱き人間の力を一枚の聖霊紙で増幅して放つ事ができる〈符術〉。
俺のような魔術のスペシャリストがいるとは思えない。
悩む俺は、ある事をふと思い出した。
なぜリリィが、A-Kたるリリィが一枚の符術であっさり吹き飛ばされたのか……
もしかしたら……これは仮説に過ぎないが、三つの術に力の流れ、属性があるのか?
もしそうなら、D・Bに与えた神聖魔力(以後〈天の属性〉と呼ぼうと思う)は、おかしな話しだが、符術(以後〈人の属性〉だな)に弱いのではないだろうか。
だとすれば、D・Bを符術で破壊できる……か?
やってみる価値はある。
先ほどの正門近くまできたとき、足早に俺の前を通り過ぎた弥生の侍女をつかまえ、場所を聞き出した。
弥生の事を気にかけていないのが気に入らないのか、あまり良い顔はされなかったが、とにかく、聞きだした西の塔へ行ってみる事にした。
《5》
塔にある研究室、資料室、実験室に至るまで誰一人いなかった。
そうだ、よくよく考えてみれば、ここの奴らも弥生の昏睡の原因解明のためにかり出されているのだろう。
部屋の番人さえいない。
他人の協力を得るのは無理、か……
いや、ならば勝手に物色するのみだ。
門外不出の魔導書があれば……いや、あっても符術だろう。
符術理論を一から覚える時間は無い。
理論を無視して作れば、たった一度だけしかもたないものか、大量の精神力を消費する物になるか、だ……
……とにかく、全ての部屋を回って実験するのみだ。
多分、全ての資料をひっくり返し、術を作る機会はたったの一度だけ。
……急ぐか……
資料室に駆け上がり、本という本を全て見回した。
やはりあるのは符術に関する物ばかり。
人の内的パワーを放出する方法、その効率的な使用法、聖霊紙の作り方。
……どうしようもないな……
唸り、壁を殴りつけたとき、ある事が頭に浮かんだ。
「弥生……いや、飛鳥は上手く術と剣の融合を果たしていたな……」
飛鳥の呪符連剣……防具に応用すれば……
思った次の瞬間、ある本が目に飛び込んできた。
〈呪符の応用-防具篇-〉
取ってつけたように見つけたその本を取り、中を見た。
その本は始めの方にだけ文字が書かれており、途中で止まっていた。
そして、それに記された字は何処かで見たようなものであった。
「これは……弥生……
弥生の字だ!」
ひどく懐かしい、優しい字だった。
「知らなかったな……
弥生も符術が使えたのか……」
本の内容は、薄手の服……特にドレスなどの防御力を上げる方法が書かれていた。
弥生の導きか……
「ありがとう……
弥生……」
A-Kスーツの魔法障壁同士がぶつかれば互いに中和しあい、障壁の意味をなさなくなる。
しかし、属性の法則からいけば、天の属性を持つスーツの魔法障壁より人の属性を持つ呪符の魔法障壁の方が強力だ。
この本の技術、ディックの攻撃を防ぐ手となる。
「弥生、ありがとう……」
再び声に出し、護りきれなかった彼女に礼を言った。
この技術はごく簡単な物で、服の裏に呪符を縫いつけるだけであった。
すぐにできるな……
俺はこの部屋にある〈鎧甲符〉をかき集め、作業を終わらせた。
そして、すぐに術の開発にとりかかった。
この短時間に作れる術は一つ。
そしてこの場で思いついた術は二つ。
どちらかを選択せねばならなかった。
一つは〈ディックの技を半減させる〉術。
一つは〈D・Bを破壊する〉術。
これらの二つである。
二つを作り上げる時間があれば、D・Bを破壊した後に技を半減させて持久戦に持ち込む。奴が隙を見せたところで吸精拳を叩き込み、ミイラ化させて精放符で封印してしまう。この方法が使えたのだが、どちらか一つとなれば状況が変わってくる。
前者を作れば、D・Bでかき消される毎にかけなおす必要がある。
しかし後者であれば、理論無視の呪符を作るためにチャンスは一度、しかも破壊できても片手だけだろう……
……俺は迷うまでもなかった。
「たった一度のチャンスに賭ける。」
別に俺がギャンブル好きな訳ではない。
俺に扱える武器が少ないこの国において、馬鹿どもが持ってくる武器は有効利用できる物ばかりだ。
危険は大きいが、奴だけがA-Kじゃない。
だからといって、奴を見逃す訳にも行かない。
弥生の為にもA-Kは皆殺しだ。
『お前も含めてな……』
「?」
声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。
D・Bを一つだけ手にいれ、奴を殺す。
一つの決意とともに、初めての呪符の作成にとりかかった。
《6》
夕刻・・・・
龍国闘技場・・・・
俺はA-Kスーツ改と、文字どおりの切り札、オリジナル呪符〈壊〉を手に、ディックの前に立っていた。
「英雄君も亡きパートナーの為となれば弱いねぇ~!」
開口一番、奴の口から出た言葉は俺を挑発するものだった。
「何とでも言え……
俺も貴様らA-Kを許すつもりはない。」
睨み合うこと暫し……
「抜けよ……光輝剣……」
言った次の瞬間、ディックの右手に握られたデストロイヤー・ビースト=D・Bが、俺の腹部に深々と突き刺さっていた。
くの字に身体を曲げた俺に、奴はそのまま顎めがけて右を突き上げた。
しかし、そのまま奴の連撃を喰らってやるほどお人好しではない。
上体を反らす事により二撃目を回避、後ろを振り向かずに後退した。
「テメェ…
俺を馬鹿にしているのか?
光輝剣を出せ!
光輝剣を振るうテメェを倒してこそオフクロの魂は癒される!
出し惜しみしてんじゃねぇ!」
奴は俺が光輝剣を失っている事に気付いていない。
黙って奴の出方を伺おう。
そうすれば奴の復讐の原因が分かるかも知れない。
そのうえでこのまま奴を挑発し、隙を大きくするよう仕向けるのが得策……
「……馬鹿にしやがってぇ……」
そう、ここまでは予想通りだったが、奴が言い出したのは復讐の事ではなかった。
「テメェがそういうつもりなら……
〈また〉女に死んでもらう!」
……また?
「またとはどういう事だ!」
まさか、あの船上でのA-K-Lを指揮していたのは……
「ディック!」
怒鳴り、奴を睨みつける。
身体が自分の物ではないようだ。
怒りに支配されようとしている。
俺の策にはめようとしたが、俺が奴の挑発に乗っては仕方がない。
落ち着け!
落ち着け!
落ち着け!
落ち着け!
「光輝剣で戦えば教えてやるゼ……」
俺は……馬鹿だ!
かまえるディックに、俺は剣を振り下ろすように構え、突っ込んだ!
もちろん、光輝剣を持っているわけもない。
俺が手に握っていたのは……呪符”壊”!
たった一度のチャンスを怒りまかせに振り下ろした!
奴は光輝剣が振り下ろされると思ったらしい。
左腕を突き出し、俺の攻撃を防ごうとした。
奴の判断ミスが俺の判断ミスをうわまった!
俺の呪符は奴の左手に握られたD・Bを閃光とともに打ち砕いた。
「なっっ……キサマァ!」
これで何度目だろう………ディックの右手が俺の腹部に激しい一撃を浴びせた。
「ぐはっ……」
マテリアルが怒りのために上手くコントロールできない……
奴は怒りで強制的にマテリアルをコントロールする。
しかし、俺はそう言う使い方をした事がない。
奴の方が有利だ……
俺が身体を曲げるより早く、下から俺の顎を打ち抜いていた。
まずい……
奴に勝てない?
空中に身体が浮き、次の瞬間には硬い地面に叩きつけられていた。
……奴が何かを言っている……
意識を失いそうだ……
こんな感覚初めてだ……
「テメェ………本当にウィルザーか?」
なんだと!
一気に意識が覚醒する。
しかし、声が出ない……
くそ……
まずいな……
「確かに、術で術を無効化するD・Bを破壊する技術……
ウィルザーの物だ……」
くっ……
動けない……
「だが、弱すぎる!
光輝剣を使わなからか?
ならば、光輝剣を持たなければウィルザーはただの魔導士という事か……」
呆然と立ち尽くし、ディックは一言一言自分の言動を考える……
……どうにか動けるか?
く……
俺はどうにか立ち上がり、ディックと対侍する……
しかし、膝が笑いそのまま地に膝をついてしまう。
「くそっ!
こんな弱い奴に今まで振り回されていたのか……
こんな弱い奴にオフクロが殺されたのか……」
オフクロ?
殺された?
俺に?
……俺は……そんな覚えがない……
「……畜生!」
奴は残された右のD・Bを俺に突き出し、その先端から飛び出した三つの爪を頬に押し当ててくる。
「もう、どうでもいい……
テメェは俺の実力で倒した……
女に現をぬかし、腑抜けた野郎をいつの間にか超えていただけだ!
そうさ……
栄光なんて、長続きするモノじゃないのさ!」
まずい……
奴の最後の一撃だ……
……死ぬのか?
……ふ……
弥生がいないこの世界に、いつまでも留まっていても仕方無いか……
そうさ……
この国を護るだなどといっても、所詮A-Kを倒すための都合の良い言い訳にしか過ぎない。
ほとほと自分の弱さに嫌気がさす……
そう、俺が自分に自身を失い、ただ奴の一撃を待つ身となったとき、影が飛来した!
その影にただならぬものを感じたのだろう。
ディックは後ろに飛び退き、天を仰いだ。
「なんだ?あの野郎は!」
俺も天を見やり、影の正体を見極めようとした。
夕日を一身に浴び、紅に染まった翼をはためかせた……天使!
次の瞬間、天使は何かを落とし、いずこかへと飛び去った。
何かは、真っ直ぐ俺に向かって落ちてくる。
あれは……
そう、俺は何が落ちてくるのかがわかった。
「光輝剣!」
叫んだ刹那、それは音もなく目の前の地面へと突き刺さった。
なぜ、ここにこれがあるのかと言う事を考える暇もなく、剣を握ると反射的にたちあがった。
そして、俺は怒声とともに剣に魔力を送り込み、奴の左肩に打ち込んだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
龍国に現れ、初めて聞かせるディックの悲鳴!
このまま縦に……
二つに斬り裂いてやる!
更に力を込め、左肩から腹部まで光の刃がめり込む。
斬り口は綺麗な物だが、光の力で傷口が焼かれ再生を妨げている。
「畜生!」
ディックは俺の急な反撃に驚き、ただ手を振り回した。
いつもの俺ならかわせたのだろうが、俺は回避する力もなく、それを甘んじてうけた。
後ろの壁の近くまで弾き飛ばされた俺は、奴の次の攻撃こそ俺の最後かと覚悟をした。
しかし、パニックを起こした奴は、俺が与えた”呪足飛翔”と言うブーツの魔力を用い、飛び去った。
「……勝った気がしないな……」
辛勝で合った今回の戦いで、俺の弱点のような物が露呈した。
光輝剣を持たない俺がどんなに弱い事か……
「……奴が再生して現れる前に、力をつけなければ……」
俺は、天才と呼ばれ……増長していたのだな……
「力をつけなければ……」
そのまま俺は気を失った。
《7》
くそっ!
このディック=フェエニキシオがあんな野郎に一撃を喰らうとは……
……ふん!
腐ってもA-Kの総司令か……
畜生!
〈呪足飛翔〉の力が出ない!
落ちる……………………
ぐはっ!
全身が地面に叩きつけられたか!
……畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
動けねぇ!
今、あのクソ野郎に見つかったら……
間違いなくマテリアルが砕かれるか!
ふん……
まぁ、いいさ!
「ひゃははははははははははははっ!」
ざまぁねぇぜ!
オフクロを実験台にしてマテリアルを完成させたあの野郎!
大事な人が殺された気分はどうだよ!
目の前で殺された気分は!
城内……
しかも、あの野郎達が婚約の儀式を上げている時に、俺自ら女を殺してやった……
純白のドレスが真っ赤に染まるあの瞬間!
復讐は充分に果たしたか?
くく……
言ってやりたかったゼ!
あの女を殺す命令を出した男の名を!
そうさ、これを言ったとき、光になって消えたオフクロの復讐が完成する……
悲しめ!
苦しめ!
自分を責めろ!
それから殺してやるゼ!
………天使?
天使が現れやがった。
俺の横に立ってやがる……
ふん!
俺のこの無様な姿を覗き込みやがって……
A-Kの低ランクの野郎だな……
俺の再生が終わったら殺すゼ!
『そんな事はさせない……
それどころか、する事など無理ね……』
なんだと?
テメェ!
俺を誰だと思ってやがる!
『くすっ!』
何がおかしい!
『クズに教える名など無いわ……
でも、死に行く者に教えてあげるのがヒロイックサーガの常……』
なんだ?
この女?
ただの英雄オタクか?
違う!
こいつが持っているのは龍槍!
『ウィルザーが必要とした者!
ウィルニーヌ!』
なにっ!
クソ!A-Kの中に他の裏切り者が!
『違うな!』
「ぐはぁっ!」
マ、マテリアルが砕かれた……
畜生!
結局、俺はウィルザーの掌で踊っていただけか……
母子共々……大馬鹿……野郎……だ……
『やっと死んだわ……
いや、生き返ったか、って言った方がいいかもね!
おひさしふりね!カマエル君!
正義を前に破壊をもたらしてね……』
アルファポリスの
『第二回ファンタジー小説大賞』
にエントリーしています。
応援クリックをお願いいたします!
ランキング参加中! 現在何位? 確認兼ねて、応援クリックよろしくお願いします!