【ANGELUS】第一話『王国での再会』
炎……
すべては炎に始まった。
城塞都市として世界に名高い〈龍国〉の城門は、炎と衝撃波で破壊され、城門の警備に当たっていた兵は屍と化し、辺りに横たわっていた。
その燃え盛る炎と屍のなか、生きた人の姿がみっつ。
この戦場の勝利者、〈Angel-Knights=A-K〉。
そう、この場に生存者がおり、彼らを目撃していたのなら、10人中10人が〈死神〉と形容したことだろう。
「つまらん……
これが、かつて我国まで轟いた〈龍牙衆〉とは……」
A-Kの一人、が呟いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
今度は別のA-Kが大きなため息をつく。
「バーバラ様、アンタまた悪い癖が……」
再び、大きなため息をつく。
そして、3人目のA-Kが彼女の肩をたたく。
「んなことじゃぁ、バーバラの手柄が無くなっちゃうよ。」
少し間を置いて、バーバラと呼ばれたA-Kは天を見上げ、
「手柄なんて……問題じゃない。ウィルザー様のいないA-Kでは……」
呟くと、彼女はこの炎の中においてなお明るい、そう、光輝く翼をはためかせ、この場をあとにした。
「いっちゃったね……マックス」
「あぁ、いっちまった。どうする? リリィ……」
バーバラの飛び去った空を見上げるマックスに、リリィと呼ばれた……戦場においては少々ナンセンスな格好をした(セーラー服にルーズソックス、ついでにハンドバック)……A-Kは、先ほどマックスがついたよりも深く、大きなため息をついた。
「あンたさぁ……ばか?
あンた……あたしの何? 上司でしょ!」
詰めよるリリィにマックスは困った顔をするばかりで、ついには視線をはずし……
「いや、そりゃぁ……まあ……」
わかっていたとは言え、彼女はさらなる大きなため息をつき……
マックスの襟首につかみかかる!
「当然! 占領するに決まっているじゃない! いつも通り!」
しかし、炎と瓦礫のなか、客のいない夫婦漫才をする2人以外に、さらなる訪問者を龍国は迎える事となった。
「お前たちにそんなことはさせない!」
彼ら二人にとっては忘れられない、いや、A-K全員、ウェンデル国民全てが忘れるはずもない。
そこにいたのは、A-K NO.Ⅰ
ウェンデルの英雄にして天使の騎士団司令!
ウェンデル国第一王位継承者!
天才最強魔導剣士!
ウィルザー=グランバードとその他3名である。
Angel-Knights
神暦0999 王国での再会
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一週間前
夜……
全てに静寂の訪れる時間……
生命の営みとして、休息のために与えられた時間……
今活動しているとすれば夜行性の動物だけだろうか…
その深淵の闇のなか、言葉では言い表せない奇妙な気分に襲われ、あたしは目を覚ました。
「……なに?」
あたしは誘われるように立ち上がり、自室のドアノブに手を掛けた。
しかし、ここで〈他のヒロインとは違う!〉と自信を持って言える事は、ちゃんと装備を整えて家を出た事だ。
これでもあたしは剣を扱う。
ここで剣を忘れていこうものなら、〈女にとって剣の位置などその程度のモノだ〉と言われかねない。
この国はまだまだ女の位置は低いところにある。
男尊女卑というものだ。
あたしは…そんな考えを持つ男に負けたくなかった。
だから、こんな考えを持つあたしは〈恋〉などというものには無縁な女だと思っていた。いままでそうであったように、これからも変わらないだろう。
「船……」
森を抜けると砂浜が広がっている。
白々と明け始めたその浜辺に、武装された船が打ち上げられていた。
おかしい、昨日の海は荒れるどころか、大きな波一つ無い穏やかな海が広がっているだけであったはずだ。
では、どういう事だろう。
こんな大きな船が突然現れるわけはない。
竜巻で家が飛ばされたと言う話は聞いた事もあるが、規模が違いすぎる。
とりあえず考えるのを止め、船に乗り込もうと鈎のついたロープを投げ、甲板のどこかにしっかりとひっかかった事を確認し、少しずつ登って行った。
どうにか甲板に着くと、いやな臭いがした。
鉄臭い、とても鼻につく臭いだった。
血……そう、血の臭いだった。
余りにも濃すぎる臭いのため、あたしは酸っぱいものが喉にこみ上げてきた。
あたしは剣を扱っているとはいえ、実戦の経験はない。
膝をつき、前に頭を垂らした。
そのとき、背後より来た強い光が甲板を照らした。
あたしは船から身を乗り出し、吐いた。
甲板は血で赤黒く染められ、人の形をしていない屍…まさに肉の塊が辺りに散乱していた。
直視できない、初めて見る…凄惨な光景であった。
出てくるときに何も入れてこなかったあたしの胃は何度も揺さぶられ、胃酸だけが苦しみの涙とともに流れだした。
小康を取り戻したあたしは、胃酸で腫れた唇をかみしめ、ここに起こった現実を直視した。
「負けてたまるか……」
小さく呟き、大股で船室の入り口に近づくと、ドアを蹴破った!
下へと続く階段がある。
降りていくと、所々消えかかった蝋燭の炎が、闇へ吸い込まれるように続く血糊の足跡をゆらゆらと照らしていた。
足跡は一人分。
登りの足跡が無いところを見ると、生き残りがいるのか、あるいは中で力尽きているのか……とにかく、あたしは先に進む事にした。
途中、足跡は一度だけ部屋に入っている。
あたしは、また甲板のような惨劇が現れるのではないかと躊躇したが……そっと、扉を開けた。
その部屋は予想と反し、大きな窓から朝日に照らされた少女趣味的な光景が現れた。
ピンクが基調の色彩。
必要以上にフリルのつけられたベッドやカーテン。
実は、あたしはこの手の部屋が苦手だった。
別な意味で気分が悪くなり、甲板の光景との落差に思わず笑いがこみ上げてきた。
しかし、大量の血がついたシーツを見つけたとき、周囲の少女趣味的な光景は消え去り、現実に戻された。
シーツの端を摘み、広げようと引き上げたとき、この血は特に片面にだけ、斑模様に付着していた。
そう、まるで誰かの血を拭ったように……
足跡の大きさから生き残りと思われる人物は男だと思う。
それがわざわざこの部屋に入ったと言う事は、男の想い人がいたと言う事か、あるいは上の惨劇をもたらした誰かか……
疑問は一着の-鋭利なものでズタズタにされ、腹部に大穴の開いた-ドレスを見つけた事で吹き飛んだ。
戦いに魅入られ、屍の一部を切りとり持ち去る行為をする輩がいるらしい。
もし、そのような者がここに現れたのなら、体の欠けた屍と大量の血があるはず……
しかし、ここにあるのは〈血を拭ったシーツ〉と〈破れた服〉。
殺人者が変態でもない限り、おそらく前者であろう。
「生きてる……」
根拠の無い呟きをもらしたあたしは-少なくとも一人は可能性がある-、部屋を出、更に足跡を追った。
「明かりが見える」
そう、青白い、生命の輝きのような光が、この蝋燭で照らされた薄暗い船内の廊下において、ひときわ光輝いていた。
自分の心のなかで、そこにいるのは生存者で、しかも味方と自己完結していたあたしは、その光に向かって駆け出していた。
認めたくないが、あたしは甲板の現実から逃げ、人を求めていたのかも知れない。
腕力馬鹿とはいえ、弟にこの情けない姿を見せる事はできない。
一人で来たのは……ある意味正解だった?
いや、これも逃げなのかもしれない。
自問自答を繰り返すうちに、あたしの歩はだんだんと遅くなり、ついには止まってしまった。
「認めない!」
下にうつむき、吐き出すように床に怒鳴りつけ、顔を上げたときのあたしの心は……
真実が知りたい!
その時は自分が心をすり替えた事に気付かなかった。
いや……
その暇がなかった!
目の前に真実の一部が現れた。壁にもたれ掛かる血まみれの男。そしてその男の左手で肩を優しく抱き抱えられる……見覚えのあるような全裸の女性。
先の青白い光があるとは言え、それだけで人の顔を判断するには足りないものであった。むしろ、その光が顔の凹凸をくっきりと際ださせ、判別を鈍らせた。
そして、その光源は……男の左手。
「治癒魔法!」
思った言葉がそのまま口をついてでてきた。
なぜなら男は干涸らび、ミイラ化していたのだ。対照的に、光のせいで顔色まではわからないが、剣をあつかっているため、しまったからだつきをしていると自負するあたしより、ややふくよかなからだつきをしている。生命エネルギーの使い過ぎとでも言えばいいのだろうか。寿命を削り行使されるこの世界の魔法。なかでも、術者、被術者共に大量の生命エネルギーを消費する治癒魔法を、この男一人でかけているようだ。
おそらく、彼女が傷ついてからずっと……
でなければ、この様に干涸らびるはずはない。
……まずい!
このままではこの女性が助かっても……男は助からない!
見たところ、女性の傷は塞がっている。
ここから連れ出さなければ……
女性に手をかけた瞬間、確認をしていなかった男の右手が、あたしの腹部を薙ぎにきた!「魔力剣!」
辺り一面を明るく照らす光輝く剣に目が眩みつつも、あたしはとっさに後ろに飛び退いた!
剣で受けとめる時間的余裕はあったが、相手は魔力剣。魔力で刃をなす剣に、物理攻撃は効かない。
あたしのノーマルな剣で受けとめていたなら…今頃、上半身が下半身とさよならを言っていただろう。
つまり、飛び退く事しかできなかったのだ。
少し間をおき、
「すごい……」
あたしは殺されかけたことも忘れ、感嘆の声を上げていた。皮膚は乾き、脂肪のかけらもないガサガサの肌。骨に皮が張り付いただけになった身体。明らかに、魔法を使える状態じゃあない。なのに、骨突起と腱でボコボコの手には、しっかりと剣が握られていた。
「弥生をこれ以上傷つけさせない……龍国につくまでは……死なせない……」
しわがれた声でそう言う男は、剣を持つ手だけではなく、弥生と呼ばれた女性の肩を抱く力も緩めなかった。
男は壁に背をもたれながら、震える足でゆっくりと立ち上がる。それだけでもすごい事なのに、左手の治癒魔法と、右手の魔力剣の力を放出し続けているのだ。
あたしは、命を懸けて人を護る力、人を愛する力を垣間見た思いがした。
あたしも……
いや、今はそれどころじゃない。
「剣を下ろしなさい!
弥生さんを傷つけないし、ここは龍国よ!
だから心配しないで!
二人で生き残りたいなら、剣を下ろしなさい!」
この状態の彼に話が通用するかわからないが、臨戦体制のまま説得を試みた。
「……」
聞き取れない。
言った言葉はわからなかったが、魔力剣からは力が消え、明かりは左手の治癒魔法の青白い光のみになった。
わかってくれた……
安堵のため息とともに、一度だけ瞬きをしたその一時とも言えない間に、弥生と呼ばれた女性が立ち上がっていた。
「まさか……そんな……」
頭を垂れながら、そう呟いた彼女は、同じ女性の前とは言えどこを隠そうとするそぶりも見せようともしない。
それだけではなく、顔を上げ、手を腰に当て胸を反り、ゆっくりと消えゆく光のなか、あたしを見つめていた。
あたしも、今度は逆光になってよく見えない彼女の顔を見つめ返す。
少しの間をおき、何を思ったのか、彼女は爪先で歩くように歩を進め、あたしを優しく抱き抱えた。
「生きてたのね。殺されずに生きていたなんて…
良かった…」
訳がわからなかった。
とにかく、その場で彼女の手を解き、ここから出る事を促した。
「そうですね。彼の事…お願いできますか?」
あたしはうなずき、軽くなった男を背負い、彼女の前に立ち、再び蝋燭のみの明かりとなった通路を抜け、階段を上がったところで忘れていた甲板の惨劇を思い出した。
いや、朝日の横からくる光と共に思い出さされた。
「弥生さん、見ないで!」
振り返るあたしの前に、彼女はいなかった。
少しして、ピンクのドレスをまとった彼女が現れた。
「どう?才能あるでしょう。
カーテンとかの有り合わせの布でつくったのよ。」
驚いた…
ドレスにではない。
そこには、あたしがいたのだ。
朝日に照らされた彼女の顔は、明らかにあたしの顔だった。
「うわ、ひっどい…」
……これを、能天気と言っていいのだろうか。
この惨状をその一言で済まされてしまったのだ。
彼女はあたしの横を通り抜け、血染めの甲板の真ん中に立つと、振り返らずに言った。
「驚いた?
私も驚いてるの…
双子の妹がいるとはきいていたけどね…
会えて嬉しいわ。」
あたしは…何も声にならなかった。
沈んでいるあたしとは裏腹に、彼女は次の行動を起こしていた。
「ねぇ、どうやって降りるの?」
やはり、能天気か…
どうにか船から降りたあたし達三人は、森を抜けて家への帰路へとついた。
その間、やれドレスが破けた、ドレスが汚れた、家はまだかと背中越しにわめきたてる。先ほどの毅然とした態度はどこへ言ったのか…
この分だとよっぽどのお嬢様暮らしだったのだろう。家につくまでの間についたため息の数は知れず…背負った男もかなり重く感じる。
「着いたわ…」
振り返った先には、彼女が倒れていた。
「ちょ、ちょっと!」
あわてて駆け寄ろうとしたあたしは、バランスを崩し、男の下敷きになってしまう。この時のあたしは、男の変化に気付いてはいなかった。
「どうしたの?弥生さん!」
返事をしてきた彼女の顔は蒼白になり、唇に血の気がない。
気付かなかった…
彼女に死が迫っている。
「お姉様…とは呼べないわよね……」
あたしは、人の死に逝く姿を見た事はない。言ってあげるべきなのか、それとも…
「いいのよ、別に…」
あたしが、彼女の言葉を信じる事ができていない事を見透かされている。
間を置かず、弥生は話し続ける。
「でも、彼を…ウィルザーをお願い…」
それだけ言うと、こんどは咳き込みだす。血を吐き、上げていた頭を落とすと全く同時に、身体中に傷が現れ血が吹き出す。
「…………」
なにか言っている。
「なに?何が言いたいの?」
あたしは彼女を抱き上げ、口についた血を袖で拭ってやる。そして、彼女の口に耳を近づけ…
「死……にたぬ………ない……………
………………………………………
ア…………A-Kなんかに……
…………………………………
ウィルザー…ウィルザー…
……………………………
ウィ……ル……ザァ…
………………………
……………………
…………………
………………
……………
…………
お願い
……
…」
死んだ…
「これが…いままで動いて、あんなに文句を言ってた人なの?」
急速に冷たくなる身体に少し疑問を覚えたが、あたしはどうする事もできなかった。
彼女の血であたしの身体は紅く染まり、父が起きてくるまで凍ったように動けず、ただただ青くなっていく空をながめていた。
「大丈夫か…飛鳥。」
ゆっくりと、一度だけうなずくあたしに、仮面をつけた父が優しく肩をたたき「そうか」とだけ言うと、あたしの部屋から出て行った。
ここは、あたし…東 飛鳥の家のなかである。
正確には父の東 武蔵(アズマタケゾウ)の家だが…
何でも父は昔、龍国正規兵団〈龍牙衆〉の組長だったらしいが、何故このような森に囲まれた山の麓に引きこもったのか。何故仮面をつけているのか。
あたしにはわからなかった。
父については知らない事ばかりである。
……今は父の事を話している暇はない。
あたしは部屋を駆け出し、二人の寝ている部屋に入った。
その部屋は父と弟が寝ている部屋で、狭い部屋の両壁につけられるように並べたベットに二人は一人ずつ寝かされており、その間に父がいた。
椅子に座り弥生と呼ばれた女性の、生気の無い血の気の失せた頬を優しく撫でていた。
その表情は仮面により読みとる事はできない。何を想い、何故そのような事をしているのか。
あたしは本当にこの女の妹なのか…
疑問が疑問を呼び、話しかける勇気を失いかけていたあたしに、父は振り返りもせずに話しかけてきた。
「この二人を知っているか?」
あたしは声にならず、首を振るだけであった。それを知ってか知らずか、父は話し続けた。
「知るわけはないな…
まず、この方は龍国の姫君…
龍神 弥生(タツガミヤヨイ)様だ…
同時に、お前の双子の姉だ…」
あたしは、涙を流していた。
弥生さんが龍国の姫で、あたしは元龍牙衆組長の娘、あたしの双子の姉ならあたしも姫、では父は父ではなく本当の父は…龍王。
「混乱するのもわかる。だが、事実だ…」
じゃあ何故あたしはここにいる?
『生きていたのね…
殺されずに生きていたなんて…
良かった…』
殺されずに生きていた?
まさか…
「父さん、〈龍国王家の女は常に双子を産む〉と教えてくれた事がありました。
そして、双子を嫌う国風があるということも…」
しばしの沈黙が訪れ、外で鳥の鳴く声のみが聞こえてくる。
次の言葉が出せない。
〈生まれてしまった双子はどうなるのか〉と言う一言が…
「知りたいか?」
父の一言に身体を震わせ反応してしまう。しかし、迷う心とは裏腹に返事の言葉が出てしまう。
「はい。」と…
「生まれてしまった双子は、片方が殺される。
だが、お前を助け、城から連れ出した。
それがよい事だったのか、儂にはわからない。
王家のなかで、共に生きていく事の辛さも知っておるしな…」
最後の言葉の意味はわからなかったが、あたしはこの仮面の父の娘ではなく、龍王の娘なのだ。
信じたくないが、これが現実であった。
受け入れよう…
そして、あたしはこれから何を成すべきなのかを考えよう…
心のなかでそう思った刹那、隣のベットに寝かされた男が動き出した。
半身を上げ、長坐位となった男の姿は船室で見たミイラのように干涸らびた姿ではなく、同年代の青年の姿だった。
鮮やかなまでの赤毛と生気あるエメラルドの瞳。
そういえば、弥生さんが最後に彼の名を呼んでいた…
『ウィルザー』
そう、ウィルザーだ…
ウィルザー?
世界最強と呼ばれる天才魔導剣士!
ウェンデル第一王位継承者!
「あのウィルザーなの?」
声になって出ていた。
「どのウィルザーかは知らないが…多分そのウィルザーだ!」
彼本人が喋っていた…
しわがれた声もせず、沈んだ感じであったが、綺麗な発音で答えてきた。
「話は聞いていた。
やっぱり、死んだのか…
弥生…
すまない…
俺の力が不足していたばかりに…
二度も死の苦しみを与えてしまった…」
二度?どういう意味なの?
「どういう意味か説明してもらおう。ウィルザー殿。」
あたしが言うより早く、父が尋ねていた。
「…死んでいたんだ…
彼女は数日前に死んでいたんだよ…」
この半日の間に得た情報の量はあまりにも多すぎた。
そのため、あたしはついて行けなくなりそうだった。
父はそんな事は言わないが、”所詮、女には無理なんだ”と言われるのが嫌だった。
「女の身で辛かったろう」などという言葉も要らなかった。
「先刻まであたしと話していたのよ!」
女、女と言葉がよぎり冷静さを欠いた感情的な話し方になってしまったが、彼からは語調の変化もなく、静かに返事が帰ってきた。
「俺の傲慢と執着が彼女にかりそめの生を与えてしまった。
治癒魔法を使い続ける事により、俺の生命エネルギーが弥生の身体に蓄積され、一時的に生きているかのように活動したのだろう…」
……この人……
冷静に分析している…
自分の想い人が死んですぐ、このような冷静な判断ができるのだろうか…
天才?
本当に人なの?
異常なほどの回復力、簡単に入れ替わる感情と冷徹な分析力…
こんな人がいるとは思わなかった。
「おい、お前…弥生は最後になにか言ってたか?」
話題が変わった事に瞬きふたつほどの少しの間思考が止まり、あわてて弥生さんの最後の言葉を話す。
「〈A-Kなんかに〉とか、〈お願い〉とか…
あとは…
あなたの名前を呼んでいたわ…」
一番初めに〈死にたくない〉と言っていた事は意図的にはずしていた。
たとえ人並はずれた精神力の持ち主であったとしても、自分のせいで弥生さんが再び死の苦しみを味わった、何より別れの苦しみを二度味あわせた事実からは逃げられない。
そこに、とどめを刺すような事を言う必要もない。
そう、その時は思っていた。
「A-K…」
今まで静かな表情をたたえていたウィルザーの顔が怒り表情に激しくゆがみ、かけてあった毛布を両手を震わせながら握りしめていた。
そして、行き場の無い怒りを辺りにぶつけ始めた。
「畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
先ほどの冷静な姿はやせ我慢だったのか、自分の身体を破壊しかねないほどの感情を爆発させていた。
やはり、あの言葉を言わずにおいたのは正解だったのかもしれない。
でも、このままこれを続けさせたら同じになってしまう。
「やめろぉぉぉぉっ!」
あたしは怒鳴っていた。
「あなたがそんな事をしてもしかたないじゃない!
あなたには…
あなたにはもっとやる事があるでしょ!」
言い終わるのが早いか、手がでるのが早いか…
あたしのかたく握られた拳は、ウィルザーの頬を強く殴りつけていた。
沈黙が訪れる。
その間、あたしと彼の荒い息づかいのみが「うるさい!」と言いたくなるほど耳に入ってきた。
少しすると息もおさまり、彼の方から沈黙を破ってきた。
「おまえにわかるか?
自分の部下に女が殺され!
自分の勝手で死んだ彼女に、さらに辛い思いをさせたっ!
わかるか?
この自分に対する怒りと失望、嫌悪と後悔…」
何も言えなかった。
でも、疑問がわいた。
そう、いつも目先の疑問にとらわれ、肝心な事を彼から聞いていなかった。
それを思ったとき、先の感情的になっていた自分が姿を潜めてしまっていた。
でも、それを聞くという事は、彼の感情をまた爆発させる事となるかも知れない。
いや、そうなるだろう…
あたしは躊躇した。
しかし、この成り行きを見守っていた父が、あたしよりはやく口を開いた。
「まず、これから聞く問で先ほどのように暴れてみろ…
今度は儂の全力をもって止める。
儂の身が砕けようとも、な…」
父がそこまで言うとは思わなかった。
ウィルザーとはそこまでの実力の持ち主なのか
その言葉に彼は小さく呻き、父の表情のかけらもない仮面を睨みつた。
「わかった…」
そう言って目をそらし、そのまま首をうなだれた。
その表情に今までの力ある表情もなく、〈虚ろな〉と言う言葉で表現できる姿となっていた。
何を聞きたいのかを理解していたらしく、彼は要点だけをまとめて話し出す…
彼が彼女と出会ったのは中立国フェミニーアの大学で…
その後間もなく恋に落ちた二人は、自分達の立場…
つまり、昔から敵対するウェンデル、龍国それぞれの第一王位継承権をもつ者としての立場にも関わらず、国を捨てようとした。
しかし、そう言う訳にも行かなくなったため、ウィルザーが龍国へ亡命するという形を取ろうとした。
そして、龍国への航海の途中、A-Kの襲撃をうけ、ANGEL-KNIGHTSの手によって、ウィルザー以外船に乗っていた者全てが殺された。
と言う事らしい。
最後につけ加えられたA-Kについての事だが、A-Kには右翼(ライトフェザー:R)と左翼(ライトフェザー:L)があり、右翼は一般公開された騎士団で、左翼は内部暗殺が主な目的に編成された騎士団だと言う。
つまり、情報の流出を恐れたA-K上層部が命令を下したのだろう。
彼らの主、総司令たるウィルザーを殺せ、と…
ウィルザー一人の命が目的であるのに、A-K-L九人中四人が襲ってきたと言うのだ。それだけウィルザーの力はA-K内でも恐れられていると言う事か…
あるいは、次は殺すという警告のための、初めから虐殺が目的の人員…
あたしは彼をどうにかしてあげたかった。
しかし、それだけの暗殺集団を相手にどうにかなるのだろうか。
あの船には、選りすぐりの護衛の者もついていたはずだ。
なのに、あたし程度の者が彼についてどうにかなるのだろうか…
しかし、父の次の質問に彼が答えたとき、彼を助けようと決心した。
いや、決心せざるを得なかった。
「最後にこれだけは聞かせろ…
国を捨てる訳にも行かなくなったその理由を…」
やや間を置き…
彼は静かに言った。
「A-Kが龍国を攻める。
俺は龍国を護るために亡命を考えた。
ウェンデルの間者と初めは思われるかも知れない。
だが、これは迫っている現実だ。
奴らはわがままで自惚れが強い。
多分少人数で現れるだろう。
そこを個々に封じていけば勝機がある。
………首都へ、案内してくれるな!」
父は間を置かずうなずくと、
「弥生を埋葬しよう…」
そう言い残し外に出て行った。
間もなく土を掘る音が聞こえてきた。
あたし達の間に再び沈黙が訪れる。
先に沈黙を破ったのは、ウィルザーであった。
彼は立ち上がり、そっと弥生さんを抱き上げ、
「弥生…すまない…」
言うとそのまま家の外へと向かって行った。
それを、あたしはただ見ているだけだった。
人を好きになり、相手が死んでもなお心を寄せる。
この人となら死んでもいいと思えるほど恋い焦がれる。
「あたしには無理だな…」
そっと呟き、あたしも外に出る事にした。
外では、今まさに毛布に包まれた弥生さんが埋められようとしていた。
「さあ、ウィルザー殿…」
父が言うと、彼は弥生さんの顔を包もうとせず、抱いたまま座りこんだ。
まだ、彼女の死を受け入れていないのか?
いや、違う。
彼はあたしに手を伸ばし、ナイフを貸してほしいと言ってきた。
あたしは言われるままにナイフを渡し、彼の行動を見守っていた。
すると、地面にナイフを突き刺し、両手が使えるよう彼女を抱きなおすと、彼女の長い髪を編みだし、どこから取り出したのか、二本の紐を用いて編み終えた髪が解れないようにし…右手のナイフで彼女の髪を切りとった。
その切りとった髪をあたしに預けると、左の腕に彼女の頭がくるように再び抱き直すと、左手にナイフを持ち直した。
そして、人差し指の指腹を斬った。
この時、あたしは彼が何をしようとしているのかがわかった。
彼は、程良く血がでたところで、彼女の血の気の失せた唇につけて行った…
ナイフを右手に持ち換え再び地面に突き刺すと、彼はおもむろに立ち上がり、
「さようなら…」
言うと、彼はそっと彼女の額にキスをした…
埋め終わり墓標を建てようとしたとき、ウィルザーがあたしに剣はどこかと尋ねてきた。先ほど国を守るとは言っていたが、それは彼女が生きていた時の話。
後を追う、なんてことは…
「変な真似などしない…返してくれ。」
そうだ、死のうと思えばさっき不用意にも貸してしまったナイフで十分だ。
先ほどから彼の言いなりになっているのが気にくわないあたしと、悪い気がしていないあたしがいる。
変な感じがしたが、そのまま、魔力剣を渡した。
「ありがとう…」
相変わらず静かに言うと、その剣を弥生さんの眠る盛り上がった土に突き刺した。
「これが墓標の代わり…
そして、俺の代わりだ…」
ウィルザーは彼女に背を向け、船に行ってくると言いでて行こうとした。
門にさしかかったとき、父が呼び止めた。
「ウィルザー殿、今でも弥生を…
弥生様を愛しておられるか?」
父が何を思いそう言ったのか、仮面のためにうかがい知る事はできなかった。
そしてウィルザーもこちらを振り返らず、自分の表情を見せる事無く、すぐさま答えた。「愛している…
今までも、そしてこれからも…」
彼はそのまま森のなかに走り去って行った。
この場に残ったあたしは、父にある疑問を投げかけた。
「弥生さんを龍王様の元に連れて行かなくて良かったの?」
と。それを予想していたのか、考えるそぶりもなく答えてきた。
「常識で考えればそうかもしれん。
だが、今回はそう言う訳にもいかない。
現状を考えると、龍国首都、龍心の都につく前に遺体が傷んでしまう。
そんな弥生を儂は見たくない…」
もっともだった…でも、
「龍王様にはどう説明するの?」
あたしのその問に、父は思わぬ提案をしてきた。
「飛鳥、王宮の暮らしに興味はないか?」
弥生さんの代役をしてくれと言う提案だった。
この提案にショックをうけたその時、閃光とともに船のある砂浜の方で轟音がとどろいた!
森が揺れ、大地が揺れ、空気が震えた。
まるで、空間がきしんでいるかのように…
あたし達の会話が止まり、閃光と轟音のあった方を呆然とながめていると、ウィルザーが帰ってきた。
彼は白に金の装飾が施されたスーツ姿で、右手には布に巻かれた大剣が握られていた。
よくみると、スーツにも大剣を巻く布にも銀糸で文字が縫い込まれているようだった。
そして、左胸には天使の翼と”Ⅰ”と言う数字が刺繍されていた。
「船を消してきた。」
「何があった」とあたしが聞くより早くそう言うと、弥生さんの墓前に立ちそのままこちらを振り返ろうともしなかった。
「支度はできたという事か。」
父が呟くと、ウィルザーに向かい、あたしにした提案を話し始めた。
「ウィルザー殿、飛鳥を弥生姫として入城させたい。
その方が少なくとも間者と思われる事は無いと思う。」
なるほど、国の危機を回避するための方便と言う訳なのだ。
「残酷な事を言う…
だが、生きている事にした方が都合がいいのかも知れない。
いや、ただ国家反逆の罪を隠すためか?」
そうだ、おそらく父は殺されそうになったあたしを逃がすために国と地位を捨てた…そう考えるのが自然かも知れない。
「反論はしない。
ただ、儂は二人の姫を誰よりも愛しておるのだ…」
父の声が震えていた。
仮面をかぶる父の唯一の感情のはけ口が、今、あたしに見せた事の無い感情を吐き出していた。
あたし達の因縁を聞き出そうとしたが、早く支度をしろと一蹴されてしまった。
この後、龍国に着くまで、さらには着いてからも聞く機会がなかった…
龍国への道のりは、森を抜けるのに一日、龍背山の山頂に登るまで一日、下山するのに一日、麓の村で打合わせをするのに一日、龍心の都にたどりつくのに一日、計五日の計画を父は考えていたようだ。
しかし、山頂で弟と合流した事により、一日遅れる事となった。
「おい!オヤジ!俺をおいてくたぁどういう了見だ!」
背後から現れた声に、あたしと父、武蔵が振り返る。
そこにいたのは、大量の食料を背負った弟だった。
彼の名は、東 悠太郎。
その名とは反し、短気でよく物を考えずに喋る…一言で言えば、腕力馬鹿だ。
「大体虫嫌いの俺を森や山に行かせたんだから待ってるのが普通だろぉが!」
「ギャアギャアうるさいのよ!手紙を置いてきたでしょ!」
ついあたしも怒鳴ってしまったが、このバカが見ているはずがなかった。
あたしと悠太郎のにらみ合いが少し続く。
すると、なにかを思い出したのか、悠太郎があたしに尋ねてきた。
「そういえば何なんだ?あの…」
弥生さんのお墓の事だ。
「穴は?」
「穴ぁ?」
まさかとは思うが…
「おう、人一人が入れるくらいの穴が開いてたぜ。」
…………
そう、ここで当然予想される事はウィルザーの行動。
「貴様!詳しい話しを聞かせろ!」
悠太郎の胸ぐらをつかみかかってきたのだ。
「誰だてめぇ…」
言うとウィルザーの腕を払いのける。
「この山中でスーツ姿…馬鹿じゃねぇのか?」
さらに悪態をつく悠太郎。
しかし、ウィルザーは相手にせずさらに問う。
「知っている事だけを話せ!何を見てきた!」
同時に、再び胸ぐらにつかみかかっていた。しかし、またもウィルザーの腕を振り払い、
「知りたければ、俺に勝つんだな。」
背負っていた大量の食料をばらまき、刀を抜いた。
そう、悠太郎が扱うのは刀。
それも、自分の身丈よりも刀身がさらに長い〈長尺刀〉である。
対するウィルザーは先ほどは大剣と表現したが、布が解かれたとき、別物が現れた。
そう、例えるならば、大型のだんびら(だんびら=刀身の幅の広い刀)。
剣と言うには余りにも刀身の幅が広く、大きすぎた。
それを見た悠太郎は思わず後ずさる。
当然だ、これ程までに巨大で、見るからに重そうな剣を、片手で軽々と振り上げたのだから。
「は、はン!てめぇが大振りしたときが最後だぜ!」
その通りだ。
剣が大きくなるほど殺傷力は上がるが、同時に力無い者が扱えば剣に振り回されるだけだだがそれを言わせれば悠太郎も同じではないか。
あの無意味に長い刀も条件が同じなのだ。
また、何も考えずに挑発したのだろう。この馬鹿は…
「父さん、止めなくていいの?」
父に問うが、言い出したら聞かないだろうといわれ、少し離れる事にした。
大型の化け物武器同士の戦いに巻き込まれるのはごめんだ。
そうするうちに、戦いは始まろうとしていた。
「名前を……聞いておこうかぁ!」
悠太郎は長尺刀を横に振り、ウィルザーの大だんびらに叩きつける。
ウィルザーのバランスを崩そうとでも思ったのだろう。
自分の武器の質量も考えずに…
金属同士がぶつかり合う乾いた音が辺りを通り抜ける。
同時に、悠太郎の長尺刀がはじかれる。
そして、自らがバランスを崩す結果となった。
その隙を突き、ウィルザーは悠太郎の頭めがけて振り下ろす。
「ウィルザー!」
あたしは叫んでいた。
いくら馬鹿で、血のつながりがなくてもあたしの弟。
これ以上目の前で人が死ぬのはごめんだ。
「俺の名はウィルザー=グランバード。
さあ、お前が負けたんだ…知っている事をはなせ!」
大だんびらは悠太郎の額に触れる一寸前で、まさに寸止めの状態で止められていた。
筋肉の塊と言う体格ではないウィルザーのどこにあんな力があるのか、あたしは不思議に思った。
すると観念したのか、悠太郎は静かに話しだした。
「俺の知っている事は…」
違った!
「テメェなんぞに話すかよ!」
瞬間、ウィルザーの大だんびらの弱点でもある刀身の幅の広さを逆手に取り…いや、あの馬鹿は何も考えずにやった事だろうが、長尺刀を握った右の腕で大だんびらの切っ先を自分から反らし、同時にウィルザーの腹部を横薙にした。
あたしが叫ぶ暇もなかった。
ウィルザーと悠太郎の距離が近いため、致命傷にはならないとしても、間違いなくウィルザーは傷を負ってしまうはずだ。
しかし、今度は弦をはじいたような音が辺りに響く。
驚いた!
傷を負うどころではない。
ウィルザーに当たりさえしなかったのだ。
突如現れた光の壁が長尺刀だけではなく、悠太郎をもはじき飛ばしていた。
吹き飛ばされ、背中から激しく木に打ちつけられた悠太郎は、ひどくせき込みながらも木にもたれながら立ち上がり、悪態をつく。
「て、てめぇ…
魔法なんか使いやがって…」
そのまま、足に力が入らなくなり、腰が沈み始め、しまいには座りこみ意識を失ってしまっていた。
「くそっ!起きろ!」
ウィルザーは大股で悠太郎に近づき、馬鹿の胸ぐら、と言うより首ををつかんだだけで宙に持ち上げてしまっていた。
そう、しかも片手で。あの細い女のような、と言うのは言い過ぎだが、男にしては細い腕で、どこに自分より大きな男を持ち上げる力があるのだろうか。
本当に不思議……だぁっ!
こんな事をしている暇はなかった。
いままさに、悠太郎の顔が紅潮した赤から、蒼白と言うにふさわしい紫に変わろうとしていた。
「ウィルザー!」
叫ぶと、悠太郎を無造作に放し、あたしに近づいてきた。
あたしはいつの間にか後ずさり、大木に背を預けていた。
彼はあたしに顔を突きつけると、バン!と両手を大木につき、あたしの目を睨みつけてきた。
その目の淡いエメラルド色はとても悲しそうな光を輝かせていたが、この時のあたしは恐怖のために、それに気付く事はなかった。
そう、男が力であたし達女を襲ってこれば抵抗する事ができない。
女の権利の主張とか言っていても、これに抗するには力しかないのだ。
しかし、この後とったあたしの行動は、それとはおよそ反する、女性的、感情的なものだった。
「〈天使の笑顔をもつ悪魔〉なんて呼ばれているらしいけど…
今のあなたは悪魔そのものじゃない!」
ウィルザーがついた両腕を振り払い、さらに突き飛ばした。
だが、彼は冷たい表情を変えずに話しだした。
「ふん…
それだけ、人の死がどれだけ残酷なものかを知ったと言う事だ。」
あたしは今、彼の気持ちを考えてやるという事を忘れ、ただ思った事を言葉にして言っていた。
「な、なによ!
ただ、弥生さんの事が吹っ切れていないだけじゃない!
そうよ、例え彼女の代役で入城しても、
弥生さんの人形(ヒトガタ=形見のこと)でも、あなたの人形(ニンギョウ)でもない!
あたしはあたし、姉さんじゃない!」
このとき、初めて弥生さんの事を〈姉さん〉と呼んだ事にあたしは気付いていなかった。「話しがそれたが丁度良い。」
彼が何かを言ったのは聞こえていた。
自分の荒い息がとてもうるさく聞こえ、正確には聞き取れなかった。
顔を上げ彼の方を見ると、また何かを言っている。
「今度から気安くウィルザー、ウィルザー呼ぶな!」
龍背山山頂、二日目の夕刻の事であった…
三日目の朝、あたしはウィルザーと悠太郎の怒鳴り声と弦をはじく様な辺りに響く音で目が覚めた。
「あぁ!人が一人、飛鳥が入れるくらいの大穴があってなぁ!」
キュン!
「辺りには、何の鳥だかしらねぇがぁ!」
キュゥン!
「羽がわんさと落ちてたんだよ!」
キュゥゥゥン!
そこまで言うと、何かが叩きつけられる音とともに、木が揺れた。
深緑の葉が舞落ちる木の下、憤怒の表状で端正な顔を歪ませたウィルザーがいた。
何があったのかは聞くまでもない。
目を覚ました悠太郎がまた、彼に突っかかっていたのだろう。
当の本人はすでにのびているようだが…
「ったく!だらしないわね!」
馬鹿の頭を小突くと、ウィルザーから話しかけてきた。
「ならば、お前には俺を傷つける事ができるのか?」
彼の表情はすでに戻っており、いつもの静かな表情になっていた。
ウィルザーに傷をつける?まず無理だろう。
魔法を使う素振りも見せずに創り出す魔法障壁の謎。
これがわからない以上、魔法障壁ごと破壊する威力をもった攻撃を加えない限り無理であろう。
しかし、この男に負けたくない!
あるいは、ただ昨日の事を根にもっているだけかも知れないが、返答は〈Yes〉であった。
そしてこの時、あたしの脳裏にある事が浮かんだ。
「来い!」
言われてあたしは刀を抜き、左手で何枚かの呪符を取り出した。
呪符とは、龍国で主要となっている魔法、正確には呪術で、聖霊紙と言う特別な紙に文字を書く事により行使される術である。
他の魔法と違うところは、〈魔力を予め紙に付与してある〉為、〈今の自分の生命力を削る事は無い〉ということである。
そして、その呪符を宙に投げ、ウィルザーの首をめがけて突いた。
刹那、呪符が切っ先に集まり、突き刺さった。
「呪符連剣!」
叫ぶと、呪符が燃え尽き、効果が発揮された!
「なっ!」
あたしの突きは喉元まで届き、ウィルザーはかわそうと身体をひねったため、右の首を斬り裂いた!
同時にパッと一度だけ血が吹き出し、間もなく止まった。
あたしは攻撃がとどくとは思っていなかった。
まず当たるはずがない、と…
「この国にも、頭の柔らかい奴がいるんだな。」
彼の白いスーツは右の肩から腕にかけて真紅に染まったが、間もなく赤い霧となり、文字通り霧散した。
あたしは人を斬ったと言うショックさえ与えられず、その異常な事態に対するショックにすり替えられてしまった。
そのあたしを見てか、あらかじめ予定されていたのか、ウィルザーが話しだした。
「これが、A-Kの力だ。」
口元がおぼつかないまま、ようやく一言だけ言葉にする事ができた。
「なんともないの?」
今の正直な感想である。
彼を斬った事への謝罪もせず、疑問をぶつけるあたしに、彼はいつもの調子で、淡々と語りだした。
「異常筋力、過剰治癒力、飛行能力…
その三つが標準能力として挙げられる。
なかでも厄介なのが、過剰治癒力だ。
今見た通り、傷が浅いとすぐに回復してしまう。
まぁ、血が出たせいで少々気分が悪いが…」
そうなのだ。
だから、先の大だんびらも軽々と振り、ただ人にとっての致命傷が致命傷足り得ないのだ。
「そして飛行能力…
A-Kが天使の騎士団と呼ばれる理由の一つでもあり、奴らの象徴、
〈天使の翼〉を出現させ、飛ぶ事ができる。
剣ではとどかない」
最悪だ!
もし、空中であんな魔法障壁を張られたら…
「じゃあ、あの魔法障壁は?」
聞くと、今まで見せた事がない、喜々とした表情で力を入れて話しだした。
「ふっ…
あれこそ俺が造りだした、名前はまだ無いが、傑作のスーツだ。
魔力の伝導、蓄積力の高いミスリル銀の糸でスーツに呪文を編み込む事で、自分の魔法 力を使わず、周囲に存在する精霊の力を常に吸収し続け、詠唱無しで常に魔法が発動し ている状態となる画期的な物だ!」
あなたもこんな表情(カオ)ができるんじゃない!
と、言葉にして言いたいところだが、内容はとんでもない物だった。
恐る恐る、ある事を聞いてみた。
「まさか、A-K全員それを着ているんじゃぁないわよね。」
返事は予想通りだった。
「もちろんだ!
他にも、A-K一人一人に俺の造りだした武器を与えてある。
どれも、傑作最強の魔導具だ。」
最悪ではない。最凶最悪だ!
そんな奴らが全員で襲ってきたら勝ち目など爪の垢ほど、雀の涙ほども無いではないか!喜々として語る彼に、あたしはただただ頭を抱えるだけであった。
「だが、弱点もある。
魔力の消費率が高く、A-KのランクA,B,C,で持っている奴はいない。
正確には持てる奴がいない、と言う事だ。
A-Kの魔力が無尽蔵なのはランクS、
つまり、8人倒してしまえば、少し力が強くて、回復力が人より少し優れていて、空が 飛べるというだけの軍隊だ。」
A-Kを嫌っているとはいえ、彼はA-K的な発想をしていた。
だが、〈A-K〉と言う言葉が出ても怒り狂わないウィルザーを見ていると、彼を悲しみと言う呪縛から解き放つには、何かを造らせるのがいいのではないかと何となく心に浮かび上がっていた。
そこに、ウィルザーが今まで見せた事の無い笑みを浮かべ、付け加えた時、それが違っている事に気付いた。
「まだ何か質問はあるかい?弥生。」
何時からだろう…
ウィルザーはあたしとではなく、弥生さんと話していたのだ。
双子の妹である、あたしに彼女の姿を見て…
あたしはどんな顔をしてよいのかわからなかった。
あたしは困惑しながら、力無く言った。
「あたしは飛鳥よ…弥生さんじゃない…」
そのまま彼から顔をそらし、上目使いで彼の表情をうかがった。
彼の表情は一気に沈み、あたしの視線から逃れるためか、あたしと反対の方向に顔をそらした。
「すまん…
お前の言う通りだ…
お前に弥生の姿を見ていた…
彼女の死をきちんと受け入れよう…
お前は弥生じゃぁない。
飛鳥だ。
すまない、飛鳥…
昨日の事も謝るよ…
ゴメン…」
この時、彼はあたしを飛鳥と認識し、初めてあたしを〈飛鳥〉と呼んでくれた。
あたしが彼を意識し始めた事を否定しようとしているためと、悠太郎が先の事をかなり根に持っているため、気まずい雰囲気のなか四日目がすぎていき、麓の村についた。
そして、麓の村の村長の家に泊めてもらう事となった。
この村は、あたしが小さい頃に住んでいたらしく、よく父と食料を分けてもらいに来た事があった。
そう、悠太郎と初めて会ったのもこの村だ。
よくは覚えていないが、子供の目にも身分の高そうな人がこの村を訪れた次の日だったと思う。
どんな身分かも、どんな顔かも覚えていないが、ずいぶんとあたしを可愛がってくれたような気がする。
「で、A-Kって奴らは全員テメェみたいに強いのか?」
荷物を置き一息つくと、初めて四人が静かに語り合う機会を得た。
その場で最初の話題を持ち出したのが悠太郎だった。
A-Kについての大体の事は昨日のうちに二人に話しておいた。
そのうえで、もっと詳しい事を聞きたいのは、あたしも同じだった。
「いいや、なかにはお前の考えているような強さを持たない者もいる。
A-K NO.Ⅴ、力天使マリア=ホリルゥード。
彼女に戦いをさせても相手に大した攻撃ができないだろうな。」
A-Kとはいったいどの様な騎士団なのだろう。
女性で、しかも戦えない者を隊長の地位に置いておくとは…
「彼女の力は回復、防御系の魔法。
それを、俺が与えた魔導具〈クルス〉で増幅し、広範囲、大人数に一度にかける事がで きる。
守りのエキスパートだ。
彼女と他のA-Kが一緒に来たら、最初に倒すべきだな。
もっとも、彼女に攻撃がとどくかどうかも問題だがな…」
「何故?」
あたしが問うと、ウィルザーは自分の服を指さし、話しを続けた。
「これと同じだ。
彼女は重い防具を装備できないからな。
彼女に与えたローブには通常の二倍以上の呪文を編み込んである。」
…………
いや、自分の組織の能力向上に力を入れていたと言う事だろう。当然の事だ。
でも、この馬鹿には分かってやる事ができなかったのだろう。
「馬鹿かテメェ!
敵を強くしてどうするんだ!」
拳を振りあげ、立ち上がる悠太郎。
当然の事、ウィルザーは慌てるそぶりを微塵も見せず、話しを続けた。
「気にするな。
A-K全員が着用しているはずだ。
一応、制服だからな…」
振り下ろしたくても、結果が分かっているため、下ろすに下ろせない馬鹿の拳が宙で震える。
「なんで、こっちに不利なモノばかり置いてくるんだ!」
言葉でしか反撃できない悠太郎は歯がゆさのために声まで震えてきている。
「俺の倉庫を開けなければ最悪な事にはならんさ…」
この言葉にあたし達の気が沈む一方だった。
「だが、奴らに弱点がないわけでもない。」
この言葉を聞いたとき、神が手をさしのべてくれた思いがした。
「身体のどこかに融合しているマテリアルと呼ばれる小さな水晶球を砕けば倒せるかもしれない。」
「倒せるかも?」
オウム返しに尋ねるあたしに、穏やかな口調でいった。
「その水晶球がA-Kの力の源だ。
昔の実験の記録によると、砕けると同時に身体が光になって消えてしまったらしいからな…」
また、一同に沈黙が訪れる。
すると、長いこと…そう、実に三日ぶりに仮面の父が口を開いた。
「そのマテリアルとはなんだ?」
要点だけ言うとまた黙りこむ。
対して、ウィルザーの話しぶりは軽いものであった。
「あぁ、A-Kと名のつく者全員の身体に融合している。
さっきは水晶球と言ったが、正確には〈聖櫃=聖なる箱〉と表現すべきか…
無限の生体エネルギーを放出するマテリアル。
これを融合させることにより、常に人の身体に奇跡が起きる。
これも俺の傑作の一つだ。」
父と悠太郎は彼の矛盾に気付いただろうか。
いや、矛盾と言うほどのことではないかもしれない。
彼は先に、〈昔の実験によると…〉と言っている。
にもかかわらず、今は〈俺の最高傑作…〉と言っている。
もしかしたら、誰かの研究を受け継いだのか、あるいは奪ったのか…何かを聞き出せるとは思えないが、あることを尋ねてみることにした。
「あなたが一から創り出したのね?」
その質問の返答は〈Yes〉だった。
「そうだ、マテリアルの全ては俺が創り出した。」
そこに、すかさず質問を続ける。
「昔の実験って、誰がやったの?
さっきの話しぶりだと、あなた以外の誰かがやったみたいだけど?」
この質問にウィルザーは黙り込み、顎に手を当て考えているそぶりを見せる。
再び沈黙が訪れた後、静かにウィルザーは話し出す。
「マテリアルは俺が創り出した。
だが、実験のことは分からない。
何故、あの時そんなことを言ったのかも…」
三度の沈黙が訪れ、それを彼自ら打ち破る。
「…記憶…
まさか記憶の操作までされているのか…俺は?」
なるほど。
あの船唯一の生き残りではなく、生き残されたと言うことか。
A-Kにはそんな技術までがあるのか。
いや、それよりそんな面倒なことをしてまで彼を生かす必要があったと言うことか。
とすると、彼の持ってきた情報はあてにならないどころか、下手をするとA-Kの掌で踊らされることになりかねない。
などと思いを巡らせているあたしに、彼は困惑を通り越し、恐慌とまでいえる表情をして話しかけてきた。
「飛鳥…
あれは弥生だよな?俺の弥生だよな?
A-Kにはあんな奴いないよな!
う…いや、〈暗黒輪〉を使ったら…
だがそこまで…
しかし、これもつくられた記憶なら…」
彼は自分の記憶を確かめるようにあたしの知るはずの無いことまで尋ねてきた。
あたしには何も答えることができなかった。
そして最後に自分の記憶の曖昧さに落胆し、彼はそれ以上話すことはなかった。
「行動は予定通りに行う。」
おもむろに立ち上がり、四度目の沈黙を破ったのは仮面の父、武蔵(忘れていると思うが父の名はタケゾウだ)だった。
「ウィルザーの言うことが偽の情報でも、あれは弥生だ。
儂が見間違うはずがない。
弥生が死んだと言う事実は変わらない。
ここで弥生が戻らないことによる城内の不安は国内の恐慌につながる。
例え影だとしても、飛鳥には入城してもらうのが得策だ。」
父はもう一度「行動は予定通りに行う」と言うと、おもむろに立ち上がり部屋を出て行った。
「おい、思ったんだがよぉ…」
突然悠太郎が口を開く。
またこの馬鹿は変なことを言うんじゃないか。
そう、とっさに思ったあたしは悠太郎を睨みつけていた。
「なんだよ…その目は…」
悠太郎とは長いつきあい、あたしの目が「変なこと言ったらブン殴る」と言っていることに気付いたのだ。
しかし、悠太郎は話しを続ける。
よっぽど自信があるのか、あるいは?
「ウィルザー!テメェ、俺達に同じもの作れるか?」
喧嘩腰は変わらないが、愚弟にしては良い提案をする。
確かにあれと同じものを作ってくれれば武装の点においては条件が同じ。
勝てる見込みが出てくる。
「無理だ。」
恐慌より落ち着きを取り戻しつつあったウィルザーは絞り出すように一言だけ呟いた。
何故無理なのだろう。
信じていないわけではないが、彼の情報が正確であればA-Kと戦うには今の我々では難しいと思う。
「やっぱりテメェはA-Kってことか!」
提案者の悠太郎は吐き出すように言い捨てた。
しかし、ウィルザーは言下の元に否定した。
「ちがう!
時間もなければ材料もない。
何より、この国の風潮を考えてみろ!
貴様の長尺刀も飛鳥の呪符連剣もいわば邪道の剣。
そのうえ、敵国の技術を用いて敵を倒そうなど…
多分、頭の堅い〈龍牙衆〉は認めないぞ。」
もっともなことだった。
父から聞いた話しでは、龍牙衆は排他的に剣の技術を伝える集団で、戦うからには全戦全勝。
つまり、相手を殺してまで技術の流出を守る集団なのだ。
多分そんな連中を主体に軍を組んでいる龍国はあたしのあみだした剣技、いや、剣を持つ女を排斥するかもしれない。
あ、でもあたしは姫として彼らの中に入っていくのだから、姫様剣法と少しの間だけ話しの種になりちやほやされただけで忘れ去られるだろう。
でも…
あたしは不愉快だ。
ちやほやされるくらいなら白い目で見られるほうがまだましだ。
きっとそうに決まっている。
このとき、あたしは心の中に起こったある欲求を抑えるのに必死になりこの先の話しが余り耳に入ってこなかった。
「ちくしょう!
A-Kの防御壁を破る方法はないのかよ!」
悠太郎は拳を握ったままテーブルに叩きつける。
「防御壁の許容量を超える攻撃をすればいいだけだ。」
激昂する悠太郎に油を注ぐような発言を平然と言うウィルザー。
その口調は馬鹿をさらにいきり立たせるものであった。
「テェンメェェェェェェェ!」
とうとうやった。
防御壁で当たるはずもないウィルザーめがけて鉄拳をくりだした。
当然、弦をはじくような音とともに馬鹿は身体ごとはじき飛ばされた。
「問題はない。
A-Kは全員俺が倒してやる。」
この時すでに悠太郎の意識はなく、あたしは自分の世界に入っていた。
彼の、ウィルザーの静かな決意は誰の記憶にもとどめられることはなかった。
次の日の早朝に村を出たあたし達は、昼頃にはすでに龍国の大きな城門が見える位置にいた。
「着いたな。」
仮面の父が呟くと、後に続いていたあたし達の方を振り向く。
そのまま悠太郎に小さな包を渡した。
「なんだ?こりゃぁ・・・・」
包の中には仮面、模様が違うとはいえ父と同じ仮面が入っていた。
「お前がかぶるのだ。」
当然のごとく、悠太郎は抗議の悲鳴をあげた。
「何でだよ!何でそんな事しなくちゃならねぇんだ!
嫌だぜ、俺は・・・・」
悠太郎は父に詰めよるが、次の一言で悠太郎は納得しないまでも仮面を着ける事に同意することとなった。
「死にたくなかったらかぶっているんだ。」
もちろん、父が悠太郎を殺すわけではないのだが、馬鹿とは違い根拠あっての事だということは子供の頃から父を見て育ってきたから分かる事だ。
まぁ、同意したと言ってもまだ文句を言っているようだが。
「また、自分の罪を隠すか…」
ウィルザーがあたし達を追い抜くときに呟き、そのまま先行して龍国の城門に向かった。ウィルザーが何をいわんとしていたのか、この時はまだ分からなかった。
ただ、前もこのような事を言った覚えがある。
今度も国に関わる事なのだろうか…
あたし達全員が城門に向き返り、ウィルザーの後を追おうとあたしが一歩を踏み出し地面に踵が着くと同時の事だった。
城門から衝撃波が幾重にも走り、赤光とともに城門が紅に染まった。
「燃えてる…」
惚けたのは一瞬だった。
「飛鳥ぁ!走るぜぇ!」
悠太郎が呼び捨てにしたことによりその暇を与えられず、悠太郎の横を全力で走り抜けると同時に馬鹿の頭を小突く。
「呼び捨てするなぁ!」
そのまま先頭のウィルザーの後を追った。
城門をくぐろうとすると熱気の壁により前に進む事ができなかった。
「っつう…熱い…」
どうするの?と聞くより早く、ウィルザーは炎の中に飛び込んでいた。
「馬鹿だなあいつ…」
そうではない。
多分、魔法障壁が熱気までをも防いでいるのだ。
馬鹿は…あたしだ。
「行くわよ!」
あたしもウィルザーの後に続いた。
熱気と炎のなかを走りながらあたしは思った。
何故、こうまでしてこの国を守ろうとするのだろう。
A-Kを倒すため?
恋人の国だから?
でも、そこまでできるものなのだろうか。
別な目的があるようにも見えないが…
すると、ウィルザーが叫ぶ声が聞こえてきた。
「おまえ達にそんな事はさせない!」
熱気の壁を抜けると、そこにはウィルザーがずいぶんとラフな格好をした男と、妙な格好をした女性、それに…
足の踏み場の無いほどの人の骸。
間も無く悠太郎と武蔵が現れ、その炎と人の骸で彩られた死神の戦場にあたし達四人がそろった。
「うわっ!ひでぇ…」
そう、この惨状の中に残った二人、彼らはおそらく…
「あぁっれぇぇぇっ!
ウィルザー様がいるよ。
マックス!あンた、報告聞いていないの?」
妙な格好をした女性がマックスと呼ばんだ男に尋ねる。
「いやぁ?そう言う情報は入ってないけど…
リリィはどうだ?」
この問にリリィと呼ばれた女性は大きくため息をつく。
「あンた、つくづく馬鹿ね…
知らないから聞いてんじゃない!」
リリィはマックスの胸ぐらにつかみかかる。
何?この人達…
格好もおかしければ行動もおかしい。
この状況で夫婦漫才じみた事を始めるなんて…
「こいつらが…A-Kなのか?」
悠太郎がウィルザーに尋ねると同時に、彼は踏み込んでいた。
「離れろ!リリィ!」
力で無理矢理リリィを引き離すマックス。
離れた刹那、彼らの間を剣圧と衝撃波が吹き荒れ、轟音とともに剣が地面に接したところを中心に半球状のえぐられたような穴があく。
「なにすンのよ!
いくらウィルザー司令でも冗談が過ぎるわよ!」
数歩後ずさり、リリィは抗議の声をあげるが、いつの間にか彼女の背後に回り込んでいたマックスが肩を叩きそれを制する。
「姫様がいるところを見ると、冗談じゃぁなさそうだ。」
彼は大きなため息を一つつくと、彼女をかばうように前に出る。
「バーバラ様がいなくて良かったのか悪かったのか…」
呟く様に言うと、マックスは妙に大ざっぱだがナイフのような物を取り出した。
そして、さらにウィルザーに切っ先を向ける。
「どういうつもりですか…ウィルザー司令…」
同じく、マックスに対して大だんびらの切っ先を向ける。
「A-Kを潰す!
〈弥生〉!
この二人はスーツを着ていない!
お前達でも攻撃がとどく!」
言うと、彼は二人を引き離すべくマックスに攻撃を仕掛けた!
大だんびらを横薙にはらうことにより、マックスは剣圧の衝撃波で城門の壁に叩きつけられた。
彼の言葉を聞くや否や、あたしは斬れ味を増す呪符を数枚投げつけ、リリィに向かって突きをくりだす。
「喰らえぇぇぇぇぇぇっ!」
そう、あたしがウィルザーの魔法障壁を打ち破った技。
すなわち、
「呪符連剣!」
あたしは最初に額を狙っていた。
しかし、A-Kは死なないとはいえ、人を殺すと言う行為に抵抗を覚えたのだろう。
無意識のうちに軌道が反れ、左首の脇を霞め呪符の威力だけで首を斬り裂いていた。
噴水のように吹き出す鮮血を見たあたしは剣を落としそうになった。
しかし、気をしっかりと持て!と唇をかみしめ、剣を握り直すと同時にリリィから後ずさるように離れた。
息が荒い。
冷たい汗が身体中から吹き出し、剣を握った手の震えが伝わり切っ先が定まらない。
やっぱりあたしに剣を扱うなんて無理なのか…
思った刹那、リリィは何事もなかったかのように軽い口調で話しかけてくる。
「きゃは!
ばぁぁぁぁぁっかぁねぇぇぇっ!
あんまり切り口が鮮やか過ぎてすぐくっついちゃったじゃない。」
再び目にした過剰治癒力にあたしは驚愕した。
本当にこんな奴を倒せるのだろうか…
「私達に傷をつけたいなら傷口をボロボロにするような攻撃をしなきゃぁ…
お・ひ・め・さ・ま!」
言うと同時に肩から下げていたハンドバックから何かを取り出し、あたしに向けた。
銃!
なにかを認識する事はできたが、身体が動かない。
「飛鳥ぁ!」
悠太郎があたしを呼び捨てに怒鳴る声が聞こえ、後ろに飛び退こうとしたとき弾丸が放たれた。
「バイバイ、姫様!」
極度に緊張した時や死を覚悟した時に動く物がゆっくりと見えるというが、それがあたしの身の上に起こっていた。
ゆっくりと回転しながら近づく弾丸は青白く光り、十字の切れ込みが入れてあった。
ここで終わりなのかな…
思った瞬間…
真っ暗な…
そう、深淵の闇があたしの目を覆い、意識が吸い込まれていった…。
アルファポリスの
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