【八十神の舞】神々の舞う地、神代市を舞台につむがれる物語。

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鬼生田の鬼の子

桓武天皇の時代(七六一年~八〇六年)。地獄田という田んぼで仕事をしていた女の人が、急に腹を痛めて鬼の子を産みおとしたんだと。
だから、ここを鬼生田って言うんだない。
その子は死人が出ると這い這いして死んだ人を見に行って、いつまでも見ているんだと。
七歳ぐらいになると五尺(一五〇cmくらい)もある立派な体になって、墓をあばいて死人を食べたり、家族や村の人に暴力をふるったりするもんだから親達はその子を殺そうと考えるようになった。
鬼の子はそれに気がついて家を出てしまった。
それから何年か経った。
鬼の子は大滝根というところに住み着き、滝根丸と名乗って手下を大勢引き連れて旅人や村を襲って暴れまわっていたんだと。
人々は滝根丸を「鬼」と呼んだ。
滝根丸の勢力はどんどん広がりそれを知った桓武天皇は坂上田村麻呂を征伐に向かわせた。
田村麻呂は大勝利を収めたのだが、滝根丸とその一味は、田村麻呂に滅ぼされたとも、追われて紀州の熊野に逃げたとも言われているもんだから鬼生田の人達は「熊野権現に参拝すると鬼の魂がのりうつる」と言って熊野参拝はしないんだとさ。

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